2008年06月03日
憑かれた男達?
生還しましたよ、「大峰山修行吉野下りバージョン」から。
出立の日5月31日は朝から小雨。
前夜は吉野バージョンのプレッシャーか、3時に目覚めました。
5時30分の電車で集合場所の阿部野橋に向かいます。
「大阪御膳講北組」の総勢50数名は近鉄特急で一路予定地に出発しました。
車中、緊張で身を固くしている私に「大阪御膳講北組山崎班西原チーム」のリーダー西原中先達は「大丈夫やから!」を繰り返してくれますが、その合間に「私、初めての“吉野下り”の時なぁ」と如何に大変やったかもご披露してくれます。
ご親切なこと。

洞川(ドロカワと読みます)でかぁちゃん心尽くしのおにぎりで腹ごしらえ。そして雨対策装備を整え、いざ、登山口の「女人結界門」です。性差別がココではまかり通ってますね。


修行道だからハイキングロードとは訳が違います。
「ようこれだけ歩き難い道選ぶわ」と言いたくなるような道中、おまけに雨中です。
下着まで冷や汗、脂汗でぐっしょりにして喘ぎながら登ります。
登りで筋力を使いすぎると翌日の下りにこたえるから、グイグイではなくチョコチョコとピッチ登行します。次は何処に足足置くか?ばっかり考えながらですから、足元ばっかり見てます。
坂本 久風に言うと「しぃ〜た〜うぉ〜むぅ〜いぃ〜てぇ〜のぉ〜ぼぉ〜ろぉ〜おぅ〜おぅ〜おぅ」(上を向いて歩こうの逆)ってとこ。
ハァハァ言いながらでも何とか無事登りきって「大峰山寺」で護摩焚きしました。
さて、明朝4時起きで5時出立ですから、宿坊での夕食(って言ったって解るでしょう?)と明日に備えての決起宴会?もそこそこに9時には就寝です。
私は前日の寝不足が利いて掛け布団3枚の重圧にも負けず即、寝られました。
が、翌朝(と言うか夜中と言うか)です。「何でこんなに早起きすんねん」と思う時刻、午前2時には、あっちでゴソゴソ、こっちでゴソゴソが始まります。
寝てられませんが体力温存のため3時過ぎまでじっと我慢の子でした。
4時に朝食(ったって解るでしょう?)して身支度が整ったらGo!となりますが、昨日と違って最高のお天気。見事な“ご来光”を拝ませて貰いました。
班長の山崎正大先達は「渡辺さんラッキーやで。何十年来てるけどご来光拝めたの3回目やわ」と。ホント、見とれるご来光でした。


6時間半かけての吉野まで30kmの事は思い出したくないって言うかよく覚えてないって言うか。
兎に角「ジス・イズ修行」です。
特に最終段階の「地獄坂」とも「キラー・スロープ」とも言える、モノの300m程の急坂は
そこまでのダメージが一挙に爆発して難行苦行でした。
あれは“修行”と言うものではなく、単なる“足潰し”としか考えられません。
なにしろ坂の途中から前向いて足を進めることが出来ないんです。ヨチヨチ歩きで、いっその事「腹這いになってゴロゴロ転がって降りなしゃぁ無いか」とマジ思うほどでした。
何んとかかんとか吉野竹林院に辿り付き、護摩焚きして「精進あげ」でした。
“吉野下りバージョン踏破”の達成感?そんなに実感無いねぇ。
それより、こんな事何回もやっておられる皆さんは「何かに“憑かれて”はるのんちゃうか?そうでなかったらやらんでぇ」と思うほどの難行でした。
山崎正大先達や我が西原リーダーは「吉野駅」から奈良へ先発する私に「来年で先達やから」と言ってくれましたが“即答”する気にはなれませんでした。

出立の日5月31日は朝から小雨。
前夜は吉野バージョンのプレッシャーか、3時に目覚めました。
5時30分の電車で集合場所の阿部野橋に向かいます。
「大阪御膳講北組」の総勢50数名は近鉄特急で一路予定地に出発しました。
車中、緊張で身を固くしている私に「大阪御膳講北組山崎班西原チーム」のリーダー西原中先達は「大丈夫やから!」を繰り返してくれますが、その合間に「私、初めての“吉野下り”の時なぁ」と如何に大変やったかもご披露してくれます。
ご親切なこと。
洞川(ドロカワと読みます)でかぁちゃん心尽くしのおにぎりで腹ごしらえ。そして雨対策装備を整え、いざ、登山口の「女人結界門」です。性差別がココではまかり通ってますね。
修行道だからハイキングロードとは訳が違います。
「ようこれだけ歩き難い道選ぶわ」と言いたくなるような道中、おまけに雨中です。
下着まで冷や汗、脂汗でぐっしょりにして喘ぎながら登ります。
登りで筋力を使いすぎると翌日の下りにこたえるから、グイグイではなくチョコチョコとピッチ登行します。次は何処に足足置くか?ばっかり考えながらですから、足元ばっかり見てます。
坂本 久風に言うと「しぃ〜た〜うぉ〜むぅ〜いぃ〜てぇ〜のぉ〜ぼぉ〜ろぉ〜おぅ〜おぅ〜おぅ」(上を向いて歩こうの逆)ってとこ。
ハァハァ言いながらでも何とか無事登りきって「大峰山寺」で護摩焚きしました。
さて、明朝4時起きで5時出立ですから、宿坊での夕食(って言ったって解るでしょう?)と明日に備えての決起宴会?もそこそこに9時には就寝です。
私は前日の寝不足が利いて掛け布団3枚の重圧にも負けず即、寝られました。
が、翌朝(と言うか夜中と言うか)です。「何でこんなに早起きすんねん」と思う時刻、午前2時には、あっちでゴソゴソ、こっちでゴソゴソが始まります。
寝てられませんが体力温存のため3時過ぎまでじっと我慢の子でした。
4時に朝食(ったって解るでしょう?)して身支度が整ったらGo!となりますが、昨日と違って最高のお天気。見事な“ご来光”を拝ませて貰いました。
班長の山崎正大先達は「渡辺さんラッキーやで。何十年来てるけどご来光拝めたの3回目やわ」と。ホント、見とれるご来光でした。
6時間半かけての吉野まで30kmの事は思い出したくないって言うかよく覚えてないって言うか。
兎に角「ジス・イズ修行」です。
特に最終段階の「地獄坂」とも「キラー・スロープ」とも言える、モノの300m程の急坂は
そこまでのダメージが一挙に爆発して難行苦行でした。
あれは“修行”と言うものではなく、単なる“足潰し”としか考えられません。
なにしろ坂の途中から前向いて足を進めることが出来ないんです。ヨチヨチ歩きで、いっその事「腹這いになってゴロゴロ転がって降りなしゃぁ無いか」とマジ思うほどでした。
何んとかかんとか吉野竹林院に辿り付き、護摩焚きして「精進あげ」でした。
“吉野下りバージョン踏破”の達成感?そんなに実感無いねぇ。
それより、こんな事何回もやっておられる皆さんは「何かに“憑かれて”はるのんちゃうか?そうでなかったらやらんでぇ」と思うほどの難行でした。
山崎正大先達や我が西原リーダーは「吉野駅」から奈良へ先発する私に「来年で先達やから」と言ってくれましたが“即答”する気にはなれませんでした。
Posted by banetkun at 12:20
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この記事へのコメント
ご苦労様でございました。
行きの写真も修行終了後の写真も、そのお顔には変化が・・・。
でも、経営者ってほんとに大変なんですね。
社会におっても修行・修行やし、またお休みの日も修行にあけくれていらっしゃるなんて。ホント、敬服申し上げます。
行きの写真も修行終了後の写真も、そのお顔には変化が・・・。
でも、経営者ってほんとに大変なんですね。
社会におっても修行・修行やし、またお休みの日も修行にあけくれていらっしゃるなんて。ホント、敬服申し上げます。
Posted by ぐぁんばるばね
at 2008年06月04日 13:07
やると聞いた時、信じられないーってかんじで、なんかの理由でキャンセルでは?と・・・。
それがなんと実行されたとは!
尊敬いたします。
西原さんといい、筋肉質な企業作りは経営者から・・・頭が下がります。
私もやってみよう!・・・とは今は考えられません。すみません
それがなんと実行されたとは!
尊敬いたします。
西原さんといい、筋肉質な企業作りは経営者から・・・頭が下がります。
私もやってみよう!・・・とは今は考えられません。すみません
Posted by ひばり
at 2008年06月12日 14:31