2006年06月29日

もしもぉ〜ピアノがぁ〜弾けぇ〜たぁ〜なぁ〜らぁ〜♪

今日はブログ、お休みしょうって思っていました。
今、帰宅してメールチェック。
こんなメールが。
 
『最近、イイことってなんの前置きも無しに“棚”から降ってくることはないなぁと思います。
“なんかした”いや“なんかしまくった”ことの“見返り”としてポロンと棚から転げ出てくるように思えます。
2月頃から20年振りに習いだしたピアノ。小学生の時は
「練習曲ばっかりで面白くない」
「詰まらずに弾けたのになんで“○”くれへんの?」
と5年で辞めてしまいました。
今ならどんな著名なピアニストもいきなり難しい曲が弾けたわけではない」
と分かります。同じ曲を何回も弾いて少しずつ仕上げる楽しさも分かります。
実際7月の発表会に向けて、4月頃から弾いている曲は発表する1曲だけ。
でも全然飽きません。弾くたびに、一枚ずつ薄皮を剥くように変化があります。
レッスンに行って、
「この辺少し切るように。“一呼吸”とまでは言わないけど気持ち“ン”と入れる感じで...」
などと微妙なアドバイスを受けても、練習しまくっているので
「ハイハイなるほど」
と意図を汲むことが出来ます。
言われたとおりに弾くと、家ではシックリこなかった部分が嘘のように弾けます。
20年前の先生は、基礎を叩き込むように教える人でした。
でもとても子供好きな人で、私が辞めると言った時、
「後少し、ココまではやっとこう」
「そしたら君が大人になってまた弾きたくなった時、きっと弾けるはずやから」
「そう教えてきたつもりやから」
と仰いました。
20年後、久々にピアノに触れ、少し慣れると指が自然と踊りました。
今は弾くことが楽しくてたまりません。
今は亡き当時の先生、
「なんか一つ楽器を」とピアノを習わせてくれた母、
そしてピアノの楽しさを思い出させてくれた今の先生に感謝しつつ、
ごまめさんをブルーにさせた人にも、そんなことを、東海バネで感じ取れるようになるまでは
続けて欲しかったなぁと思いました。
長文すみません。「最近あまり書かないなぁ」と仰られてましたので...N』

「君、幾つになってんのん?」
「三十うん才ですけど?」

その三十うん才がレッスン再開ですって。
Mr.三十うん才の感性を東海バネが目覚めさせたんでしょうか?
それとも時間に余裕ができたからなのか?

私の孫娘、小学校5年生です。
「ゆうなちゃん、もう一年がんばってみいへん」
「ゆうなぜんぜん楽しくない」
「ゆうな、大きくなって、お母さんになった時、子供にピアノ聞かせてやれたエエと思えへんの」
「好きになられへんの!」
「すぐ好きになるもん、すぐ嫌いになってな、なかなか好きになれなかったもんは、
一旦好きになったら、いつまでも好きのままやで」

説得にも拘わらず、孫娘はピアノを“お休み”してしまいました。
Mr三十うん才からのメール、ゆうなにみせようっと。
まだあきらめてへんでぇ。






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この記事へのコメント
子供の頃文化住宅に家族5人で住んでました。当時、なぜか大きなお屋敷みたいな家に住んでる友達が多く、その家には、たいていピアノが有りました。又たいてい犬がいて、犬種はスピッツとかラッシー?でした。我が家には当然ピアノなんて無いし、せいぜい亀がバケツの中におる程度でした。「いつか家にピアノを置いたる。」「いつか家で犬飼うたる。」そんな思いを持ったものです。あれから数十年経って、家には娘の為にと手に入れたピアノとスピッツが居てます。そやけど、娘は親の過去の思いなんて知りません。やっぱり「ピアノ面倒くさいわ。」です。「子犬の時はめっちゃかわいかったけど、最近言う事聞けへんねん。」って犬の散歩も滞りがち。そやけど、家にピアノがあるだけで満足してるし、「娘の代わりに行ってくるわ。」と家内に告げながら出発する時に、いつも「ムフッ」と思いながら、何十年もあこがれ続けた犬を連れての散歩にも満足してます。
Posted by 必殺仕事人 at 2006年06月30日 11:26