2006年03月29日

昨日の給与改定作業で考えました。

例年の「給与改定」そのベースとなる一人一人の“絶対評価”から個人の改定金額を決める作業をマネージャー会議で行いました。
「改定」か「改正」か?どっちでもエエ言葉ですが、昨日考えてやっぱり「改定」やで、と思いました。
なぁーんでかっ?
自分のサラリーが正しいなんて誰も思ってないんじゃぁない?
「貰いすぎ」って人は少ないと思うけど「もうちょっと多くてもちゃう?」って人多いと思う。

確かにみんなのサラリーを“正しく決める”って結構難しい。ひょっとして不可能かも。
けど難しいからって「でけへんもん、でけへん。正しいと思っといて」と適当にされたら堪らんわなぁ。
出来るだけ本人の能力に見合った、所謂“正しい”サラリーにするための「改定」を行う!そう考え、今後も頭とハートに汗かいて「改定」して行きます。従って4月はあくまでも「給与改定」です。

私の考える正しいサラリーのために不可欠なのが個人々々の“絶対評価”
誰と比べて誰はどうか?と言った様な人との相対評価で得られるのは単なる人間のランク付け。非人間的で悲しいよな。
例えば得意でやり慣れた仕事を軽々とやってのけ、一定の成果をだしたA君。
新しい困難な仕事に挑んだが、イマイチ結果の出せないB君
A君は本来持ってる能力を持ってる分出し切っての成果ですが、B君は持ってる分では足りなくてもがき苦しみから能力プラス2したのにイマイチの結果。
双方が出した結果の相対評価だけなら当然A君がランク上でB君はランク下でしょうね。

私、昨日マネージャー会議のメンバーに言いました。B君の能力プラス2を考えてあげようよ。
A君の成果も会社にとって有り難いけど、B君の能力アップ2は未来の大きな成果につながるでぇ、と。

先日、関西経済連合会から「経済人」と言う雑誌の“キーパーソンシリーズ”に掲載する記事取材に三名来社されました。前号はあの“坂田藤十郎翁”でした。えぇんかいな?です。
いつものように工場見学後に「どうして若い方ももベテランもあんなに活き活きと仕事されるんですか?皆さんカッコイイですね」と仰ってました。
30の300の竹の子ばねを見てもらったから、当然でしょう。


人は仕事の質を一定の段階を経て上げていくよな。
「人の指示・意思・命令」…これ新米
「身に付けたスキルの範囲は自分の意思」…これで漸く半人前
「後輩を指導しつゝ職域を自分の意志」…やっと一人前

他人の意思で仕事をすることの苦痛は私も思いっきり味わいました。
言い訳を許されない、100%自分の意志で職務を遂行できる今、苦痛を感じないか?と問われれば「そうは行きません」と答えざるを得ません。
私が未だに経営者として半人前だからでしょう。

ところでご質問にはこうお答えしました。

職人と呼べる人、さらに名人となればその動きに無理や無駄が有りません。
それが「思わず、知らず」のアクションであり、けっして他人の意思や、そして自分の“判断”によるものでは無いからです。
判断や意思を超越したレベルが「思わず、知らずの内のアクション」なのです。
東海バネの職人と呼べるのが「技術士・上級技術士・技師・技師長」ですが、彼らが製品に触れてる時、私、どっちが製品でどっちが人間か?と思うんです。つまりバネと言う製品と作り手が“一体化”してるんですよね。
のみならず、職人は職場の風景に溶け込み、いかにも自然です。まるでカメレオン。
つまり職場とも一体化できています。
さらに東海バネと言う会社とも「He is the TOKAIBANE」って言う具合に。と。

ところで私も早く経営の“技師長”になって「苦痛」なく職務遂行できるようにならな、時間が有りません。えらい話しになってもて。



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この記事へのコメント
> 職人と呼べる人、さらに名人となればその動きに無理や無駄が有りません。
それが「思わず、知らず」のアクションであり、けっして他人の意思や、そして自分の“判断”によるものでは無いからです。
判断や意思を超越したレベルが「思わず、知らずの内のアクション」なのです。


製品と作り手の一体化。これには唸りました……。「働くということ」の本質と喜びが集約されています。東海バネさんだから発せられる言葉ですね。
東京では強風の中、桜がきれいですが、今日のブログを読んで春の生き生き感が倍増しました。
Posted by COMPASS石原 at 2006年03月29日 13:30