2005年08月23日

体罰ってすべて悪かな?

今年の甲子園優勝校の体罰問題で朝刊が賑わっています。悪くすると優勝旗返上があるかも、と報じられていました。
大会直前に有力校の部員喫煙に端を発した出場辞退も話題になりました。
後で触れる“体罰”の問題とは別に、日本人ってのは、高校野球を永遠に穢れなきものとしておきたいのでしょうね。

甲子園で流される“汗と涙”に共鳴する時の、日常の自分を支配するものとは全く違う、純粋で美しいとさえ思える感性を、せめて一年に一度確認するための甲子園であって欲しい!と勝手なエゴを押し付けてる!ってのは言いすぎでしょうか。
何れにしても、MLBのそれのように、くちゃくちゃとガムを噛み、グランドにツバキをペッペと吐き散らす有様になれば、誰もが今ほど熱くなって観ないかも知れません。
十字架を背負ってプレーする球児や指導者も大変です。

体罰についてです。
タイトルを“すべて悪かな?”としたのは、そうでは無いと思っているからです。
事と次第によっては必要だとさえ思っています。
とりわけ、軟弱で優柔不断な私なんぞには、大いに効果があると思います。

今年60才になる私を幼児期に、躾け・育てた当時の親は子供の成長を静かに見つめ、気長に育てる余裕なんてありませんでした。
手っ取り早くて効率的、しかも叱られた側にも何故叱られたのかが実に明快でした。
叱り方名人級です。
理由は兎も角、叱られ大泣きして、まだしゃくりあげが収まっていない時、口にいれてくれた大きな飴玉。
涙の塩っぱさと、飴玉の甘さの口中のコラボレーション。
この甘露のためなら、叱られるのも悪くないとさえ思える程でした。
何故かおふくろが恋しくなったごまめです。






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この記事へのコメント
一寸参加させてもらいます。この問題は教育者の益々の低下を進行させると、危機感を持っています。中身がオープンにされて無いので想像の域を超えませんが、人を育てるのに本気でないと出来っこありません。私など社員に『ようそれだけ人格を無視するような叱り方出来ますね』って言われます。流石に体罰は相手のほうが強いのでやりませんが、口での体罰はそれ以上かもしれません。でも、本当に育って欲しい!自己実現して幸せになって欲しい!と思えばそのくらいやって伝える方法があっても○やないですかね。
韓国のある社長が、『徴兵を体験して大人になる。これがあるから企業で一から教育しなくても良い。』って言っておられたのが印象的です。
つまらん話ですみません
Posted by 樋口(天彦) at 2005年08月26日 09:51
樋口さま、コメントありがとうございます。
ちょっとタブーっぽい話ですが、中国、韓国のジャパン・バッシングは、徴兵制度の無い、ノー天気な日本へのある種のジェラシー、やっかみ、苛立ち等も原因の一部では無いかと思っています。
「本気」ってイイですね。
「本気出す」って格好悪い!みたいに言われていますが、人を“育てる・動かす”なんてのはこれ以外に無いと、同感しております。
Posted by ごまめ at 2005年08月26日 12:20