2005年08月08日

“戦後”も還暦で…

昨日7日(日)はいつものウォーキングの後はポテトレス・カウチしました。

当初はその採決が5日の予定とされていた“郵政民営化”結局は8日の今日にずれ込みました。
採決が翌日の日曜日ですから国営、民間問わずTV局は報道番組においては郵政一色でした。
多少気になる私も新聞をテーブルにおいて鼻メガネ、TVのリモコンを片手に思いっきり報道番組はしごしました。
しかし政治音痴の私には政治家や政治評論家の話は甚だ難解です。
しかも、よくもまぁ、政党籍を異にすれば、片やの白は片やの黒と悪口雑言罵詈雑言。
賛否両論有るが民主主義たる所以、議論を尽くすべき!は判りますが、非建設的としか見えないバトルをほぼ終日ウオッチして少々気分が滅入る日曜日となりました。

国際政治学者として活躍された故高坂正尭氏はその著書「文明が衰亡するとき」新潮選書でコーンハウザーの説を引用して
「大衆社会とは以前には少数者のために留保されていた領域に、多数者が介入する機会が著しく増大した社会であり、そのため、政治や文化水準の決定がその能力を持たない多数者によってなされることになる。大衆の圧力がものごとを決めるので、自由が破壊され、社会生活の質的な低下がおこるのであり、それ故、社会は文化的退廃と政治的暴政への抵抗の道徳的基礎を欠くものとなる」と。

郵政民営化の「決定がその能力を持たない者によってなされることになる」ってのはお断りしたいですよねぇ。

つい先日還暦した私です。
60年を区切りにリ・スタートしました。
私と同い年の“戦後”もリ・スタートを迫られてるのかも知れません。

夕刻に子供達が来てくれて救われる思いでした。
早速孫息子を後ろに乗せてツーリングを小一時間。
イイ汗かき、著者高坂正尭氏のこの言葉を思い出しました。
「未来への信念を持つと言うことは、結局のところ判り得ないものを強引に信ずることである」
変人さん、ひょっとしてこれか?





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