2006年10月31日
『モノがもの言う!』に感激しました。
昨日は“世界の西岡さん”のセットで銀座8丁目の「天川」でディナーでした。
「6時30分やでぇ」とのお誘いでしたが「久々に銀座の風に吹かれよ」とぶらぶらしてたら携帯がブルブル。
「西岡ですが、今、何処?」「銀座へ来てますけど」「今日は僕ホストやから早よ来た。先に始めよか」「イエッサー」
6時から酒盛りは始まりました。
三番乗りは元東大教養学部教授の片平先生。
ほら9月25日に現役ゼミ生をお連れでおいででしたでしょう。
「見学レポートをお送り頂きまして」とお礼を申し上げたら「みんな良い勉強させて貰いましたよ。“心が洗われる工場”ですねぇ。“爽やかな工場”ですよ」と。
片平流の表現に感激して唇につけた盃が動きませんでした。
四番乗りは元花王社長、花王を超エクセレントに育てた立役者の常磐さん。
JR西日本の転覆事故直後にお出しした葉書の「誇りを持って仕事をするって事が…」の文言が「印象的だった」そうです。
さらにその事を「ばね屋さんが誇りを持って…と言ってるよ」とJR西日本に乗り込んで「説教してきました」と。
最後が一橋の石倉教授。半分出来上がり掛かってる私に最新著の「世界級キャリアの作り方」東洋経済新報社をプレゼントして下さいました。「ブログやってらっしゃるんですね」の言葉を添えて。
「えぇっ、石倉先生が“ごまめの歯軋り”を?」とおもったら、口に入れたばかりの“まぐろ中落ち山葵和え”が噛めません。
嬉しい、感激する言葉の溢れるディナーはアッと言う間に3時間たちました。
その中で取っておきの言葉、みんなにおすそ分けするね。
片平さんと常磐さんの完全合意が「ぐちゃぐちゃ言うても最後は“モノがもの言う”ね」でした。
みんな、もっと、もっと 「モノにもの言わせようぜ」
「6時30分やでぇ」とのお誘いでしたが「久々に銀座の風に吹かれよ」とぶらぶらしてたら携帯がブルブル。
「西岡ですが、今、何処?」「銀座へ来てますけど」「今日は僕ホストやから早よ来た。先に始めよか」「イエッサー」
6時から酒盛りは始まりました。
三番乗りは元東大教養学部教授の片平先生。
ほら9月25日に現役ゼミ生をお連れでおいででしたでしょう。
「見学レポートをお送り頂きまして」とお礼を申し上げたら「みんな良い勉強させて貰いましたよ。“心が洗われる工場”ですねぇ。“爽やかな工場”ですよ」と。
片平流の表現に感激して唇につけた盃が動きませんでした。
四番乗りは元花王社長、花王を超エクセレントに育てた立役者の常磐さん。
JR西日本の転覆事故直後にお出しした葉書の「誇りを持って仕事をするって事が…」の文言が「印象的だった」そうです。
さらにその事を「ばね屋さんが誇りを持って…と言ってるよ」とJR西日本に乗り込んで「説教してきました」と。
最後が一橋の石倉教授。半分出来上がり掛かってる私に最新著の「世界級キャリアの作り方」東洋経済新報社をプレゼントして下さいました。「ブログやってらっしゃるんですね」の言葉を添えて。
「えぇっ、石倉先生が“ごまめの歯軋り”を?」とおもったら、口に入れたばかりの“まぐろ中落ち山葵和え”が噛めません。
嬉しい、感激する言葉の溢れるディナーはアッと言う間に3時間たちました。
その中で取っておきの言葉、みんなにおすそ分けするね。
片平さんと常磐さんの完全合意が「ぐちゃぐちゃ言うても最後は“モノがもの言う”ね」でした。
みんな、もっと、もっと 「モノにもの言わせようぜ」
2006年10月27日
東海ファンのT.Nさんから嬉しいメールが。
今週はゴルフ集中週。
ゴルフ“命”の面々は涎タラタラでしょうが、私はひたすらゴルフ消化の週です。
明日の土曜日が〆のゴルフです。替わったげようか?U君、H君、K君。
今日、連荘ゴルフでくたびれて伊丹へ出社したら、その疲れが吹っ飛びそうな嬉しいメールが飛び込んできました。
『東海バネ 渡辺良機社長さまへ
はじめてまして!!
私は先日「FMいたみ」で社長さんのお話を聞かせて頂きました、伊丹市瑞原に住んでいます
T.Nと申します。
先日の放送を聞かせて頂き(3回目)お話のなかに、心地良く心の温まる思いが伝わってまいりました。
何気なく話されるなかに、会社の方針・社長さんの社員さんへの思いやり、また社員さんの存在感もシッカリあり、社長さんのお話にとても惹かれました。
バネや 綺麗な社内や、試験って どんなのかな?等など
(ラジオの前を離れずに聞きいってしまいました)
また、身近に貴社のような良い会社があることを知り、大変嬉しく思いました。
昨日「FMいたみ」のO局長さんにお会いして「私、ファンになったわ!!」とお話ししました。
そして是非「再放送」をされてはと・・・・・・お願いもしておきました。
メールアドレスOさんに教えて頂きました。
突然のメール送信お許し下さいませ
今後のますますのご繁栄を心よりお祈り申し上げます。
人好き 花好き 歌好き のT.N』
早速、謝メールを返信し「是非お友達をお誘いされて、伊丹工場を見学に来てください」とお願いしました。
そしたらまたまた「じゃぁ行くわ」と返々信が飛んできました。
人好きのT.Nさんやから、もっと東海バネが好きになってくれはるよねぇ和田くん
花好きのT.Nさんやから、もっと東海バネが好きになってくれはるよねぇ谷本さん
歌好きのT.Nさん、きっと東海バネに嵌らはるよね。ねぇ、坂ちゃん、夏目くん。
ゴルフ“命”の面々は涎タラタラでしょうが、私はひたすらゴルフ消化の週です。
明日の土曜日が〆のゴルフです。替わったげようか?U君、H君、K君。
今日、連荘ゴルフでくたびれて伊丹へ出社したら、その疲れが吹っ飛びそうな嬉しいメールが飛び込んできました。
『東海バネ 渡辺良機社長さまへ
はじめてまして!!
私は先日「FMいたみ」で社長さんのお話を聞かせて頂きました、伊丹市瑞原に住んでいます
T.Nと申します。
先日の放送を聞かせて頂き(3回目)お話のなかに、心地良く心の温まる思いが伝わってまいりました。
何気なく話されるなかに、会社の方針・社長さんの社員さんへの思いやり、また社員さんの存在感もシッカリあり、社長さんのお話にとても惹かれました。
バネや 綺麗な社内や、試験って どんなのかな?等など
(ラジオの前を離れずに聞きいってしまいました)
また、身近に貴社のような良い会社があることを知り、大変嬉しく思いました。
昨日「FMいたみ」のO局長さんにお会いして「私、ファンになったわ!!」とお話ししました。
そして是非「再放送」をされてはと・・・・・・お願いもしておきました。
メールアドレスOさんに教えて頂きました。
突然のメール送信お許し下さいませ
今後のますますのご繁栄を心よりお祈り申し上げます。
人好き 花好き 歌好き のT.N』
早速、謝メールを返信し「是非お友達をお誘いされて、伊丹工場を見学に来てください」とお願いしました。
そしたらまたまた「じゃぁ行くわ」と返々信が飛んできました。
人好きのT.Nさんやから、もっと東海バネが好きになってくれはるよねぇ和田くん
花好きのT.Nさんやから、もっと東海バネが好きになってくれはるよねぇ谷本さん
歌好きのT.Nさん、きっと東海バネに嵌らはるよね。ねぇ、坂ちゃん、夏目くん。
2006年10月20日
上海で団長してきました、パート4
上海華北飯店へ迎えにきてくれたI銀行蘇州出張所長の宮田さんの車に乗って、一路蘇州へ向かいました。I銀行の同行者は顧問の張 学良さん。完璧な日本語です。
それもそのはず、元中国外務省の高位のお役人。訪問した日本の歴代総理とは「皆さんとお会いし、お話しました」と仰る。
そんな大物が我々をガイドしてくれます。ちょっと肩凝りましたが何しろ博識、安物のガイドの及ばない話がたっぷり聞けました。
“虎宮・寒山寺”を案内して盛んに「へぇー」「ほぉー」と相槌を連発しました。
まるで籠担きです。
汗かいて張さんについて歩いて2時間、I銀行蘇州出張所へ到着したときはホント、ホッとしました。
ところがこれからが想定外。
少人数で頑張ってるだろう、と激励の食事会を「やったげる」の趣旨で蘇州へ行く、としたんですが話が違いました。
蘇州は今大規模開発区を造成中(最終は大阪市がスッポリ収まる規模とか)でその開発区管理委員会の局長と外事辧公室の主任が「是非歓迎宴を催したい」と仰ってると宮田氏。目は「私の顔を立ててください」と言ってます。
心で「フーッ」と大きなため息をついて「よろこんで」と調子の良い返事でおよばれすることになりました。
でもこれが結果オーライ、今までの滞在中毎回ごちそうにあり付いたのですが、この夜が一番のご馳走でした。
広大な開発区に立派な建物がそびえてます。最新のインテリジェントビルとご自慢らしい。
またその中に5つ星かと思わせる洒落たチャイニーズ・レストラン。「そら見せたい筈やわ」でした。
妙齢の局長はジョイス チェンさん。鋭いまなざしが印象的でした。
主任のグ ジャン ミンさん、この人むちゃイケ面。私の家内は見とれてました。
招待側の6名、我々宮田さん、張さんも入って6名でまたまた盛り上がって「カンペイ」でした。丁度上海蟹のシーズン。張さん曰く「蘇州以外はニセモノです」って。
「香港の専門店で食べましたよ」と自慢したら鼻チンで馬鹿にされました。
シタタカに呑って「私も明日上海で仕事ですから」と宮田さんにホテルへ送ってもらいましたが、その道中で「リニアカー乗りませんか?」とうれしい話。「乗る乗る」にしました。
いよいよ帰国日、宮田さんに引率されて小学校の遠足よろしくリニアのステーションへ。
それなら私もと仲間に入った工業会専務理事の桑原さんを含む一行は乗る前からワクワクしました。
上海のリニア駅から浦東空港まで20Km余りですがものの7分から8分。最高速度の430kmは1分程ですが“ギネスブック”に載ってる手前必ず出すそうです。
並行して走る車が停まってみえます。
しかし、振動と風切り音が悩みです。あれを2時間とか3時間は厳しいかな?と思いました。
北京オリンピックと上海万博を控え、その他諸々の事情があってしばらくは高水準の成長率を維持しなければならない中国。
さながらリニアカーのような猛スピードで進んでいくと思われる中国でした。

これが「ホンモノ」蘇州の上海ガニ!

リニアカーの前で大はしゃぎの私。
それもそのはず、元中国外務省の高位のお役人。訪問した日本の歴代総理とは「皆さんとお会いし、お話しました」と仰る。
そんな大物が我々をガイドしてくれます。ちょっと肩凝りましたが何しろ博識、安物のガイドの及ばない話がたっぷり聞けました。
“虎宮・寒山寺”を案内して盛んに「へぇー」「ほぉー」と相槌を連発しました。
まるで籠担きです。
汗かいて張さんについて歩いて2時間、I銀行蘇州出張所へ到着したときはホント、ホッとしました。
ところがこれからが想定外。
少人数で頑張ってるだろう、と激励の食事会を「やったげる」の趣旨で蘇州へ行く、としたんですが話が違いました。
蘇州は今大規模開発区を造成中(最終は大阪市がスッポリ収まる規模とか)でその開発区管理委員会の局長と外事辧公室の主任が「是非歓迎宴を催したい」と仰ってると宮田氏。目は「私の顔を立ててください」と言ってます。
心で「フーッ」と大きなため息をついて「よろこんで」と調子の良い返事でおよばれすることになりました。
でもこれが結果オーライ、今までの滞在中毎回ごちそうにあり付いたのですが、この夜が一番のご馳走でした。
広大な開発区に立派な建物がそびえてます。最新のインテリジェントビルとご自慢らしい。
またその中に5つ星かと思わせる洒落たチャイニーズ・レストラン。「そら見せたい筈やわ」でした。
妙齢の局長はジョイス チェンさん。鋭いまなざしが印象的でした。
主任のグ ジャン ミンさん、この人むちゃイケ面。私の家内は見とれてました。
招待側の6名、我々宮田さん、張さんも入って6名でまたまた盛り上がって「カンペイ」でした。丁度上海蟹のシーズン。張さん曰く「蘇州以外はニセモノです」って。
「香港の専門店で食べましたよ」と自慢したら鼻チンで馬鹿にされました。
シタタカに呑って「私も明日上海で仕事ですから」と宮田さんにホテルへ送ってもらいましたが、その道中で「リニアカー乗りませんか?」とうれしい話。「乗る乗る」にしました。
いよいよ帰国日、宮田さんに引率されて小学校の遠足よろしくリニアのステーションへ。
それなら私もと仲間に入った工業会専務理事の桑原さんを含む一行は乗る前からワクワクしました。
上海のリニア駅から浦東空港まで20Km余りですがものの7分から8分。最高速度の430kmは1分程ですが“ギネスブック”に載ってる手前必ず出すそうです。
並行して走る車が停まってみえます。
しかし、振動と風切り音が悩みです。あれを2時間とか3時間は厳しいかな?と思いました。
北京オリンピックと上海万博を控え、その他諸々の事情があってしばらくは高水準の成長率を維持しなければならない中国。
さながらリニアカーのような猛スピードで進んでいくと思われる中国でした。

これが「ホンモノ」蘇州の上海ガニ!

リニアカーの前で大はしゃぎの私。
2006年10月18日
上海で団長してきました、パート3
総会終了後のクロージング午餐会がミッション最後の公式行事でした。
ここでもダメ押しカンペイの嵐。
団長として大した事はやれませんでしたが、ほぼ完璧に「カンペイ団長」の役割は果たせたと自負しております。
もう一つ団長らしくと言えば。
時恰も、安部総理が就任後、時を経ず中国を訪問された直後、またどこやらの国で核実験を行われたと世界中がざわめき立っている時、両国関係の今後が読み辛い時期に重なりました。
9日のウエルカムパーティーで投げかけられた「阿部首相の中国訪問を国民としてどう考えるか」と想定外の問い。
「政治家はお互い国の立場で主張しなければなりませんが、私達は政治家では有りません。民間人同士は仲良くお互いを尊重して友好にお付き合いしましょう。日本にも良いところ、誇れるところがたくさんあります。また、そうでない所もたくさんあります。皆さんのお国も同じでしょう。お互いに良いところは見習って、そうでない所からは大いに学びましょう」とボール投げ返しておきました。。
さて、フリータイムです。
実は9月に池田銀行は蘇州に出張所を開設し、初代所長として赴任されたのが国枝生産技術研究所の国枝先生の娘婿宮田さん。
国枝さんとは兎も角、宮田さんとも実懇の間柄。事前に「蘇州まで足伸ばしたい」と伝えたら「ウエルカム」と。
クロージングパーティーのホテルまで迎えに来てくれました。
「この時間(午後1時)に出発すれば2時間で蘇州へ着きますわ」と早速余分に揺れない静かな所長専用車で一路蘇州へ向かいました。
ガイド兼通訳は顧問の「張 学」さん。
この張 学さんが如何なるご仁か、またその人柄は、蘇州での想定外はパート4でたっぷりと。

池田銀行蘇州出張所長 宮田さんと。
ここでもダメ押しカンペイの嵐。
団長として大した事はやれませんでしたが、ほぼ完璧に「カンペイ団長」の役割は果たせたと自負しております。
もう一つ団長らしくと言えば。
時恰も、安部総理が就任後、時を経ず中国を訪問された直後、またどこやらの国で核実験を行われたと世界中がざわめき立っている時、両国関係の今後が読み辛い時期に重なりました。
9日のウエルカムパーティーで投げかけられた「阿部首相の中国訪問を国民としてどう考えるか」と想定外の問い。
「政治家はお互い国の立場で主張しなければなりませんが、私達は政治家では有りません。民間人同士は仲良くお互いを尊重して友好にお付き合いしましょう。日本にも良いところ、誇れるところがたくさんあります。また、そうでない所もたくさんあります。皆さんのお国も同じでしょう。お互いに良いところは見習って、そうでない所からは大いに学びましょう」とボール投げ返しておきました。。
さて、フリータイムです。
実は9月に池田銀行は蘇州に出張所を開設し、初代所長として赴任されたのが国枝生産技術研究所の国枝先生の娘婿宮田さん。
国枝さんとは兎も角、宮田さんとも実懇の間柄。事前に「蘇州まで足伸ばしたい」と伝えたら「ウエルカム」と。
クロージングパーティーのホテルまで迎えに来てくれました。
「この時間(午後1時)に出発すれば2時間で蘇州へ着きますわ」と早速余分に揺れない静かな所長専用車で一路蘇州へ向かいました。
ガイド兼通訳は顧問の「張 学」さん。
この張 学さんが如何なるご仁か、またその人柄は、蘇州での想定外はパート4でたっぷりと。

池田銀行蘇州出張所長 宮田さんと。
2006年10月17日
上海で団長してきました、パート2。
明けて11日、いよいよ上海でのメイン・イベント。
「中国ばね工業協会2006年度総会」です。
10時半開会の開場「華東飯店」の総会会場は“元気な中国のばね屋さん”が約200名。
熱気ムンムンです。
昨日中国語、英語を駆使して日本側とのコミュニケーションを円滑にされた対外交流協会のリンさんが司会。ですが昨夜の元気は何処へやら。小声で「ボソボソ」とはじめます。
隣席の団長夫人?「リンさん、あがってはるみたい」と。
その「ボソボソ」を通訳が一段と大きな声で「訪問団々長の渡辺先生に…」挨拶を促す訳に。
壇上から見ると約400の眼が私を見つめます。途端に…。
昨日のカンペイが相当今日の頭に残ってる中、しわぶき一つない会場で一体何を話したのかさっぱり覚えておりません。が、取り敢えず役目は終えられたようです。
その後、粛々と総会が進行し全員の集合記念写真とあい成りました。
総会中に準備したのか華東飯店のエントランスにゴルフで言うギャラリー・スタンド風の“お立ち台”がセットされていました。
想像して見てください。「はい、チーズ」になるまでどれほど掛かったか。
VIPスポットでおてんとうさんに曝されてじっと耐える気分は決して愉快なものではありません。後ろで写真屋さんやその助手の指示に耳を貸さず、好き勝手に話し、動く連中に「えっかせんかいっ!」と言いたくなりましたよ。
目出度く「OK」の後、またまた大連ばねの李さん、お友達を伴って私との記念のツーショット、強引です。更に「今年中に是非大連に」と熱烈招待です。
取り敢えず「必ず行くから」とその場を取り繕いました。

大連ばねの李社長とスリーショット
「中国ばね工業協会2006年度総会」です。
10時半開会の開場「華東飯店」の総会会場は“元気な中国のばね屋さん”が約200名。
熱気ムンムンです。
昨日中国語、英語を駆使して日本側とのコミュニケーションを円滑にされた対外交流協会のリンさんが司会。ですが昨夜の元気は何処へやら。小声で「ボソボソ」とはじめます。
隣席の団長夫人?「リンさん、あがってはるみたい」と。
その「ボソボソ」を通訳が一段と大きな声で「訪問団々長の渡辺先生に…」挨拶を促す訳に。
壇上から見ると約400の眼が私を見つめます。途端に…。
昨日のカンペイが相当今日の頭に残ってる中、しわぶき一つない会場で一体何を話したのかさっぱり覚えておりません。が、取り敢えず役目は終えられたようです。
その後、粛々と総会が進行し全員の集合記念写真とあい成りました。
総会中に準備したのか華東飯店のエントランスにゴルフで言うギャラリー・スタンド風の“お立ち台”がセットされていました。
想像して見てください。「はい、チーズ」になるまでどれほど掛かったか。
VIPスポットでおてんとうさんに曝されてじっと耐える気分は決して愉快なものではありません。後ろで写真屋さんやその助手の指示に耳を貸さず、好き勝手に話し、動く連中に「えっかせんかいっ!」と言いたくなりましたよ。
目出度く「OK」の後、またまた大連ばねの李さん、お友達を伴って私との記念のツーショット、強引です。更に「今年中に是非大連に」と熱烈招待です。
取り敢えず「必ず行くから」とその場を取り繕いました。

大連ばねの李社長とスリーショット
2006年10月16日
上海で団長してきました、パート1
10月9日から12日の4日間、上海へ行ってきました。
2006年度中国ばね工業協会(中国弾簧専業協会)総会への正式招聘が日本ばね工業会に寄せられました。
時恰も国際ばね標準化事業をわが工業会の「標準化会議」が精力的に進めている最中、その観点からも無下に断るわけにはいきません。
因みに坂ちゃんは議長の相羽さんの片腕、副議長を務めてます。
「社)日本ばね工業会中国訪問団」の団長を一方的に押し付けられての上海になっちゃいました。
中国って国はなによりメンツを重んじるお国柄、何とも重い役割を背負っての訪問となりました。
初日9日のレセプション、協会副会長5名に対外交流協会のリン会長の招きで株)トヨシマの西川専務、標準化会議議長の株)東郷製作所の相羽社長、工業会の桑原専務理事と私、お邪魔虫の団長夫人、つまりわが女房がおよばれしたのです。
双方型通りの挨拶もそこそこに早くも例のカンペイです。
コミニケーションがもどかしい分、呑みにケーションはスムースです。スムース過ぎます。
初日は(も?)すっかり出来上がり、でした。
二日目10日は午後からの懇談会と称する情報交換会。もっぱら中国側からの根堀り葉掘りの質問攻めです。この日から参加された株)東京発條の荒井社長に質問が集中しましたが涼しい顔でお答えでした。真似のできない技術で勝負されてる荒井さん、強いですね。
さて、6時からは明日の総会を控えての“前夜祭的大宴会”です。
会場は“紹興飯店”売りは紹興酒です。(これは絶品でした)
我々訪問団の10名はメイン・準メインに分かれました。
私は会長のズーさんとご一緒のメインテーブルに案内されました。
そこには今や副会長を務められる「大連バネ」に李社長が待ち構えておられました。
7〜8年振りの再会ですが9月に新工場を竣工されて張り切っておられます。
「何故9月の竣工式に来てくれなかったのか?大連バネの今日の発展は東海バネのお陰だ。外国への招待は東海バネだけだった。是非来て欲しかった」と情熱的な迫り方。同席の日本の仲間も暫し“唖然”でした。
終宴まで李さんの相手はせなあかんわ、あっちこっちからの「渡辺先生、カンペイ」に応えなあかんわ、うれしい悲鳴状態で深夜となりました。
2006年度中国ばね工業協会(中国弾簧専業協会)総会への正式招聘が日本ばね工業会に寄せられました。
時恰も国際ばね標準化事業をわが工業会の「標準化会議」が精力的に進めている最中、その観点からも無下に断るわけにはいきません。
因みに坂ちゃんは議長の相羽さんの片腕、副議長を務めてます。
「社)日本ばね工業会中国訪問団」の団長を一方的に押し付けられての上海になっちゃいました。
中国って国はなによりメンツを重んじるお国柄、何とも重い役割を背負っての訪問となりました。
初日9日のレセプション、協会副会長5名に対外交流協会のリン会長の招きで株)トヨシマの西川専務、標準化会議議長の株)東郷製作所の相羽社長、工業会の桑原専務理事と私、お邪魔虫の団長夫人、つまりわが女房がおよばれしたのです。
双方型通りの挨拶もそこそこに早くも例のカンペイです。
コミニケーションがもどかしい分、呑みにケーションはスムースです。スムース過ぎます。
初日は(も?)すっかり出来上がり、でした。
二日目10日は午後からの懇談会と称する情報交換会。もっぱら中国側からの根堀り葉掘りの質問攻めです。この日から参加された株)東京発條の荒井社長に質問が集中しましたが涼しい顔でお答えでした。真似のできない技術で勝負されてる荒井さん、強いですね。
さて、6時からは明日の総会を控えての“前夜祭的大宴会”です。
会場は“紹興飯店”売りは紹興酒です。(これは絶品でした)
我々訪問団の10名はメイン・準メインに分かれました。
私は会長のズーさんとご一緒のメインテーブルに案内されました。
そこには今や副会長を務められる「大連バネ」に李社長が待ち構えておられました。
7〜8年振りの再会ですが9月に新工場を竣工されて張り切っておられます。
「何故9月の竣工式に来てくれなかったのか?大連バネの今日の発展は東海バネのお陰だ。外国への招待は東海バネだけだった。是非来て欲しかった」と情熱的な迫り方。同席の日本の仲間も暫し“唖然”でした。
終宴まで李さんの相手はせなあかんわ、あっちこっちからの「渡辺先生、カンペイ」に応えなあかんわ、うれしい悲鳴状態で深夜となりました。
2006年10月04日
私の“お気に入り君”と。
昨日のことです。
「たっつぁゎっかぁー(これ、むしゃくしゃしてる時の私の口癖)」と漏らしながら現場単独ツアーしました。
出くわしたのは私のお気に入り君、相変わらず回りに目もくれずバタバタと仕事してました。
「ちょっと一緒に回ろか」と誘って。
場面は梶川名人が一生懸命若手指導の真最中。梶やんイラついて首筋の血管、浮いてます。
お気に入り君のためにも口出ししちゃいました。
「梶さん、変わってやって見せて」
「よう言うてくれた」と言わんばっかりに若手を払いのけカッツン・カッツンはじめます。いつものように“流れるごとく”です。
お気に入り君と見惚れちゃいました。
「どない思う?」ってお気に入り君に声を掛けたら「無駄がないですね」
更にもう一場面“三好っさん”とこも見惚れて「ほな、行こか」とお気に入り君のホームグランドへ帰り「タバコ頂戴」にしました。
「一人前の職人の“所作”には無理や無駄がないでぇ、流れる如くや。君は年中バタバタ。その差はな、梶さんは君みたいに“認めてもらいたい、自分がこれだけ一生懸命やってるのに何でだれも解ってくれへんねんやろ、それならもっと認めてもらえる仕事振りにせな!”で仕事してないからやで」
「自分が納得できる仕事!それを果たせたら人の目は気にならん。それが出来てはじめて『I‘m “ショクニン”』やっ!」
お気に入り君に当り散らしてちょっと憂さ晴らしできたかな。
O君、あれなぁ、私、自分に言うとったんやで
「たっつぁゎっかぁー(これ、むしゃくしゃしてる時の私の口癖)」と漏らしながら現場単独ツアーしました。
出くわしたのは私のお気に入り君、相変わらず回りに目もくれずバタバタと仕事してました。
「ちょっと一緒に回ろか」と誘って。
場面は梶川名人が一生懸命若手指導の真最中。梶やんイラついて首筋の血管、浮いてます。
お気に入り君のためにも口出ししちゃいました。
「梶さん、変わってやって見せて」
「よう言うてくれた」と言わんばっかりに若手を払いのけカッツン・カッツンはじめます。いつものように“流れるごとく”です。
お気に入り君と見惚れちゃいました。
「どない思う?」ってお気に入り君に声を掛けたら「無駄がないですね」
更にもう一場面“三好っさん”とこも見惚れて「ほな、行こか」とお気に入り君のホームグランドへ帰り「タバコ頂戴」にしました。
「一人前の職人の“所作”には無理や無駄がないでぇ、流れる如くや。君は年中バタバタ。その差はな、梶さんは君みたいに“認めてもらいたい、自分がこれだけ一生懸命やってるのに何でだれも解ってくれへんねんやろ、それならもっと認めてもらえる仕事振りにせな!”で仕事してないからやで」
「自分が納得できる仕事!それを果たせたら人の目は気にならん。それが出来てはじめて『I‘m “ショクニン”』やっ!」
お気に入り君に当り散らしてちょっと憂さ晴らしできたかな。
O君、あれなぁ、私、自分に言うとったんやで