2006年06月29日

もしもぉ〜ピアノがぁ〜弾けぇ〜たぁ〜なぁ〜らぁ〜♪

今日はブログ、お休みしょうって思っていました。
今、帰宅してメールチェック。
こんなメールが。
 
『最近、イイことってなんの前置きも無しに“棚”から降ってくることはないなぁと思います。
“なんかした”いや“なんかしまくった”ことの“見返り”としてポロンと棚から転げ出てくるように思えます。
2月頃から20年振りに習いだしたピアノ。小学生の時は
「練習曲ばっかりで面白くない」
「詰まらずに弾けたのになんで“○”くれへんの?」
と5年で辞めてしまいました。
今ならどんな著名なピアニストもいきなり難しい曲が弾けたわけではない」
と分かります。同じ曲を何回も弾いて少しずつ仕上げる楽しさも分かります。
実際7月の発表会に向けて、4月頃から弾いている曲は発表する1曲だけ。
でも全然飽きません。弾くたびに、一枚ずつ薄皮を剥くように変化があります。
レッスンに行って、
「この辺少し切るように。“一呼吸”とまでは言わないけど気持ち“ン”と入れる感じで...」
などと微妙なアドバイスを受けても、練習しまくっているので
「ハイハイなるほど」
と意図を汲むことが出来ます。
言われたとおりに弾くと、家ではシックリこなかった部分が嘘のように弾けます。
20年前の先生は、基礎を叩き込むように教える人でした。
でもとても子供好きな人で、私が辞めると言った時、
「後少し、ココまではやっとこう」
「そしたら君が大人になってまた弾きたくなった時、きっと弾けるはずやから」
「そう教えてきたつもりやから」
と仰いました。
20年後、久々にピアノに触れ、少し慣れると指が自然と踊りました。
今は弾くことが楽しくてたまりません。
今は亡き当時の先生、
「なんか一つ楽器を」とピアノを習わせてくれた母、
そしてピアノの楽しさを思い出させてくれた今の先生に感謝しつつ、
ごまめさんをブルーにさせた人にも、そんなことを、東海バネで感じ取れるようになるまでは
続けて欲しかったなぁと思いました。
長文すみません。「最近あまり書かないなぁ」と仰られてましたので...N』

「君、幾つになってんのん?」
「三十うん才ですけど?」

その三十うん才がレッスン再開ですって。
Mr.三十うん才の感性を東海バネが目覚めさせたんでしょうか?
それとも時間に余裕ができたからなのか?

私の孫娘、小学校5年生です。
「ゆうなちゃん、もう一年がんばってみいへん」
「ゆうなぜんぜん楽しくない」
「ゆうな、大きくなって、お母さんになった時、子供にピアノ聞かせてやれたエエと思えへんの」
「好きになられへんの!」
「すぐ好きになるもん、すぐ嫌いになってな、なかなか好きになれなかったもんは、
一旦好きになったら、いつまでも好きのままやで」

説得にも拘わらず、孫娘はピアノを“お休み”してしまいました。
Mr三十うん才からのメール、ゆうなにみせようっと。
まだあきらめてへんでぇ。




  
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2006年06月28日

熱いお方が熱い若人をお連れで、暑い日に、あぁアツ。

「ちょっと見せたって貰えますか」
O商会の三宅さん、「よくもまぁ」と言うような話、平気で持ち込みはります。
以前に「何時でも、何処でも、何んでも」と約束した手前「いやや」と断れません。

「従業員満足度優先の経営を見せたって欲しいんですわ」が今回の目的でした。
部屋でごちゃごちゃしてたら夏目氏「来はりました。えらい若い方々ですわ」
「若いって、若い人よりトップがES考えなあかんのんちゃうん」と考えながらゲスト・ルームへ向かいました。
入るなり三宅さん以外の六つの目、私と夏目氏をのっけから見据えます。熱い目です。
三宅さんはD社の本下(ホンゲさんと読むそうです」と同じ教室で学ぶ間柄でES(従業員満足)の研究テーマなら「東海バネしかないで!」と無理強いしたとか、してないとか。
殊更むし暑い日に熱い三宅さんが学習意欲満々の熱い人を伴って来られたのです。
いや、暑いこと。

中堅幹部が各々テーマを決めて、プロジェクトを組み、11月スタートの経営計画の指針を見つける、そのための東海バネ工場見学だそうです。
結構風通しの良いD社です。そんなD社の中堅幹部バリバリの本下さん、佐藤さん、紅一点、それも課長の大野さん、皆さん目が生きてました。

工場を見て帰って来られた時からテンション上げておられました。
5時までの3時間ホットなやり取りで会話は途切れません。
三宅さんによるチャチャもナイスです。
時には当方そっちのけで「内(D社さん)もこうすりゃ、あぁすりゃ」とホットな内輪話で盛り上がってました。

「東海バネ見せて貰ってよかった」
その言葉は「私たちもやりますから!」がしっかり含まれていました。
こんなゲストをお迎えして「良かった!」と充実感が味わえました。

ブルー脱出しました。
ミスターNにも、サンキュー!  
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2006年06月26日

ブルーを振り払って!

週明け少々ブルーです。
ワールドカップの1次予選敗退?
いいえ、私はジャパンに「過度な期待」をもっておりませんでした。
今言うのん、ずるいんちゃうん?
いいえ、直前のメディアの過熱報道を苦々しくさえ思っておりました。
「ひょっとして贔屓の引き倒しにならなければ良いが」と。
どんな結果でも今の熱い報道姿勢を守ってほしいとさえ。
「だからあの結果」とは思いませんがその後の手のひら返したような報道に「選手がかわいそう」と思いましたよ、柳沢君、めげないで!。
私のブルーはWC(トイレではありません)ではありません。

ここに「山に登るぞ」と決めた人がいます。
単独登攀できるやわな山ではなく、何人かでパーティーを組んで挑まなければならない困難な山です。
自分がリーダーになって隊員を募るか、どこかのパ−ティ−の一員になるかです。
この人は既にその山を目指して組まれているパーティ−に加わる事としました。

そのパーティー「ウエブ征服隊」にはリーダ−が居て、既に登攀ルートも決められています。あとは装備を万全にし、登山口からリーダーの指示に従って登るだけです。
しかし登山口まではバスに乗り、電車に乗り、またバスに乗らなければなりません。

「ウエブ征服隊」の一団は隊列を組んで先ずはバス停への道を一路進みました。
当然、登山口へ行くにはこの行程が欠かせませんが、決して楽しい道のりではありません。
しかし隊員たちは遥か遠い頂上征服に思いを馳せながら着実に歩を進めます。

この人は他の隊員と異なる思いでバス停に向かっていました。
「これは登山では無い」と。
「自分の目的は頂上征服であってこんな道を歩く事では無い!」と。
それを先頭を行くリーダーに抗議をはじめました。
「早く私に登山させてくれ、私の能力を発揮する機会を早く与えて欲しい」
リーダーはその人の登攀技術のポテンシャル(潜在能力)の高さは認めていましたから、隊に貢献し頂上征服に寄与して欲しいと願っていました。
だからこそ先ずは登山口に着かねばなりません。

「君の願望を叶えるため、夢を実現するため、さあ、バス停へ進もう」
リーダーだけではありません、他の隊員たちも「これは登山では無い」と不平を言うこの人を励まし、説得し続けましたが、バス停への半分にも満たない道のりでこの人は「この隊には付き合っておれない」とさっさと離れて行ってしまいました。

この人は自分の夢を実現するため、また別パーティーに加わることでしょう。
でも、どのパーティーだって「先ずはバス停へ」があります。
呪文を唱えていきなり登山口はアニメーションの世界だけです。

「この隊には付き合っておれない」を繰り返すのでしょうか、この人。
先週からそれを考えて、少々ブルーな週明けです。



  
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2006年06月23日

頭が下がります。

21日(水)は大阪国際会議場で催されたF社のソリューションフェア−に呼ばれて行って来ました。
200名ぎっしりの会場にお顔見知りがちらほらです。
降壇した私に手を伸ばして「16年振りですよ」と声をかけて下さったのは元S銀行池田支店長の今西章雄さんでした。
ちっともお変わりになってないのに「私は年取りましたが渡辺さんは全然変わりませんね」の声掛け。
「脳みその量がちがうんでしょうよ」と返しました。
今西家は奈良の名門旧家。御曹司らしい風貌は以前のままでした。

明けて昨日は「西岡越前IT経営革新塾」のキックオフセミナーで福井県の越前市へ行ってきました。
北陸地方の、と言うより全国区、ITCのドン先織先生の強力なラブコールに惹かれてでした。
元々福井の産業活性化に熱心に取り組んでおられましたが、今回は経済産業省、中小企業庁、商工会議所をバンバン揺さぶって「経営応援隊事業」として助成金を確保され、そして西岡郁夫さんを口説いて立派な事業とされました。
先織さん、気合入ってます。
そんな熱い思いのこもった塾のキックオフセミナーに、ITを活用して経営革新したとの事例発表に東海バネを呼んでいただいたのです。
しかも、塾頭 西岡郁夫さんの基調講演の直後に。
「50人の申し込みだが、この天気だから…」と雨空を見上げておられました。
ところが、会場は70人超の入りでムンムン状態でした。
そこへ塾頭、こちらも気合の入った基調講演。先織さんのこのことに賭ける意気込みを理解されてるからでしょう。ハイテンション講演でした。
私も「こら一丁やらな」と煽られテンションあがりました。

「夏目君!パターン替える!」と下打ち合わせした内容を急遽変更。
「?」の夏目君を置いて西岡さんの講演を引き継ぐようなお話しで迫ってみました。
好きなように話した後始末、夏目君大変でしたが無難にまとめてくれました。

2002年に西岡IT塾で佐伯、岡田両ITCに指導していただいた結果の今の東海バネ。
少しでもご恩返しが出来ればと思っています。
7月4日に“開講事前工場見学ツアー?”が東海バネに来られます。
先織さんの狙いは「町工場でもITを巧く使って経営革新出来てる。わが社も」ではないかと。
先織さんの私欲の無い純粋さに頭が下がります。
みんな、思いっきり見てもらおうぜ。
西岡さんや佐伯さん、岡田さん、そして福井を愛し、福井の産業発展に命懸で取り組んでおられる先織さん(ほんと、8時間手術室の大病を)の念願される「第二の東海バネ誕生」に協力しようぜ!  
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2006年06月17日

ぎっしり詰まった時間でした。

上半期経営の締めくくり「アクションプラン発表会」が16日17日の2日間にわたって行われました。
16日は伊丹で 技術・品証・サラ・コイル・エンジと生産系、17日は場所を移してクロス・ウエーブ梅田と言う場所を借りてバネ営業プロセールス・バネ営業マザーステーション・財務・商事営業・ツールプレート営業の事務系の各グループが発表しました。
経営方針に沿って各々設定した“アクションプラン”の出来具合、達成度合いを発表したのです。
会社にとって最重要と位置づけられております。
と言うことは私にとっても同様なのであります。
2日間座りっぱなしで少々苦痛を伴いますが、終始熱い空気が溢れてお尻の痛さも飛んでしまいます。
立てたプランの達成度を自己評価で◎○△×で表示する事になっていますが、×評価はありませんでした。
△の自己評価は数件ありましたが、殆んどが○と◎です。
◎○発表は胸を張って誇らしく、△発表も反省と“次への決意”を込めたものでした。
「では質問を」と発表後、聴講(聞くのも勉強です)するメンバーに振られます。
お褒めあり、お叱りあり、激励ありで内容は様々です。
私も大いに“一丁噛み”します。
私の質問、感想は概ね次の三点に絡んだものです。
それがどれほど「君自身が満足度を得ているか?」自信になったか、誇りを持てているか、を確認します。
さらに「お客様満足につながっているか?」を確認します。
そして、一番大事な「半期のアクションで自分に力がついたか?能力がアップしたか?」です。

“ネガティブ”が服着てるような人だった、言い訳人間だったSさんの口から「うれしい、やりがいのある仕事で幸せ」の言葉が何度もでたこと。わたしこそ幸せでしたよ。
巨匠による新人?OJTで丸三つもらったT君、やったね。うれしかったよ。その気になって助言を素直に聞いて、精一杯やれば出来たじゃん。もっと上を目指そうぜ!

仕事をとめて時間が勿体ない?
いいえ、こんなにぎっしり内容の詰まった時間、持たないほうが勿体ない


  
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2006年06月14日

「清水国明と申します」と。

「渡辺さん、お出でよ」
「そんなとこ行ってイイんですか」
「僕、一テーブル貰ってる。一橋の藤川さんも来るから」と西岡郁夫さんに誘われて
「それなら」と野次馬気分で ブックオフコーポレーションの第36回経営計画発表会に行ってきました。
受付でゲストプレートを貰って「ご案内いたします」とでっかい宴会場、テーブルの間を縫って示されたのはゲスト用メインテーブル二つのうちの西岡テーブル。
笑顔で手を上げる西岡さんの傍へシェークハンドの挨拶に。
すぐさま先着のゲストに私を紹介下さいました。
10名も同席ゲストは半数が女性エグゼクティブ。
西岡さんて…。
「ポーター賞の有力候補で」とか「ピカピカの会社で」とかの過分の冠付きでその都度「オウ」とか「へぇ」とかの反応を示されるもんですから、脇の下を汗がスーッと。
やっと自席に腰掛けようとしたら、隣席の方が立ち上がって「清水国明ともうします」目線を上げるとそこにおられたのが「清水国明やん」でした。
そこは「TVで拝見してます」と。「清水国明やん」を飲み込みました。
社長就任が公表されてる常務 橋本真由美氏の実弟と聞いていましたが、この席に来られてるとは知りませんでした。
早速「双八の高橋さんが…」とか、共通の知人の話題が弾みました。

オープニングは唱和です。
820人からゲストの20人を引いて800人が
「今日も一日、
 私たちは自信と情熱を持って、
 ・・・・・・・・・・・・・」
あらん限りの情熱と声とで、一糸乱れずの唱和は天井のシャンデリアを揺らし、よそ者の私のハートも揺らします。ド迫力です。

現社長の坂本さんの「これからのブックオフ戦略」はカリスマと称せられるのが当然と思うスピーチでした。会場を埋める社員さん、食い入るように聞いてます。
次に立たれたのが常務の橋本真由美さん。
「一号店時給600円パート出の普通のおばちゃんが(自分で)」と今までと「命がけで」とこれからを感動的に締めくくられました。

慎ましく上品に設えられたお弁当とビールの宴食は過不ありません。
が、その宴食の間の「現場体験発表」がむっちゃ熱い内容です。
若い店長さんとエリアマネージャーの汗と涙のストーリーに箸が動きません。コップのビールもぬるくなる一方です。

そこへビップ・ゲストの「ご来賓の方のお言葉」です。
吉野家、モスの社長、盛和塾事務局長、キラ星さん方。
〆は我らが西岡郁夫さん、秀色の〆スピーチでした。うまいっ!

クロージングは定番名物(国明さんが囁いてくれました)YMCAです
真っ赤なジャケットの女性リーダー(30才独身と自分で)が4、5名引きつれステージでYMCAと歌い飛び跳ねます。
「なるほど名物やわ」でした。
会場も最高潮、天井のシャンデリアがまた揺れてます。

「渡辺さん行こ!」とお開きで西岡さん、私を誘ってくれます。
「先生、わたし一人で頭整理したいんです」の私に「何言うてんねん」と強引でした。
それから男4人、女性3人の一団は焼き鳥と焼酎でてんでんばらばらの会話で夜更かしでした。
ホテルに戻って
「やっぱり人や、経営は人や」を繰り返してたら午前3時になってしまいました。
ながぁーい一日でした。


  
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2006年06月11日

またまた抱腹絶倒で・・・。

第4回TRカップ争奪ゴルフコンペが昨日「関西クラシックゴルフ倶楽部」で挙行されました。
栗菱さん、東海が双方選抜6名、クリスタルのTRカップと社の名誉?を賭けての真剣勝負です。

前々日、8日のIT委員会で東海バネの基幹システムリニューアルについてのスケジュールの相談がほぼ整った時点でひょんな話に発展。
「M電機さんだけが選択肢じゃぁないし。Iさんほか検討する価値あるんちゃう?」
と。
同席の栗菱 竹原さん、宮川さんの「ギクリ」に誰かがすかさず取り成します。
「今度のTRカップで栗菱さんが東海を負かしたらM電機さんで行こかい」と。
気のせいか、その日は朝から栗菱さんの“気合”の入り方が前回までとは違うものを感じました。

とは言うものの第三回までは東海バネの圧勝でしたから、東海バネ選抜の5名は「ひっくり返っても負ける事ぁないわい」と自信満々で対抗戦に臨みました。
問題は東海バネの助っ人ITCの佐伯先生です。
「また八先生」とか「また***先生」の異名を持つ栗菱・東海両者社にとって吉と出るか凶とでるか不気味な存在です。
しかも先生とのラウンドは「何かが起こる」ハプニングがついて回ります。
やはり今回も。

佐伯先生と私がタッグを組んで芥川社長、竹原さんの栗菱タッグに2組目で戦いの火蓋が切って落とされました。
オナーを引き当てた私はまずまずの当たり。
「どうでっか!」の気分は芥川さんの「超弩級ティーショット」飛んでしまいました。腰が抜けるほどのビッグ・ドライブでした。
「本気やなぁ」と思いましたよ。
佐伯先生もその点を察知されいつもより真剣なプレー。
しかし先生、まじめにプレーされるほど珍プレーになっちゃいます。

3ホール目の「ベルトプッチン」には目ぇ点になっちゃいました。
最近少々目立つ“お腹”を「デップン デップン」と揺すってフェアウエーを行きつ戻りつの時、その圧力にベルトが耐えられず「ブッチン」と切れちゃったそうです。
私が目にした時は仕切りにズボンをたくし上げつつ右往左往されてました。
想像してください。目ぇ点から一転吹き出しましたよ。
お陰で私、スリーオンのフォーパット。
フォールアウト後、まだズボンをたくし上げながら「しゃっちょう(社長)足引っ張ってごめん」と。
私言いました。「せんせ(先生)足引っ張らんとズボン引っ張らんと!」と。
見ものでした。
見ものと言やぁ「謝っとこ」の竹原さん(2005年6月2日「一緒に笑って下さい」をチェックして下さい)噂は聞いていましたがこの日は生で「謝っとこ」を聞きました。
「これやったんや」と。

佐伯先生のがんばり?で栗菱さんが念願の初勝利でした。
芥川さん、ベストグロスも手にされて二重のお悦び。
これ以上下がらんと言うくらい目じりをさげてクリスタル・カップのビールを干しておられました。
横で吉田部長「25年かかりました。ソフトボールでもコールド・ゲーム負け。ゴルフもワン・サイド負け。25年かかってやっと東海バネに初勝利や」と。
まるで子供のようにはしゃぐ栗菱メンバーにこちらもうれしくなって、我々も心から拍手を送った、ほんと、楽しい負け戦でした。


  
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2006年06月09日

伊丹商工会議所第131回通常議員総会で。

昨日は4時30分から伊丹商工会議所でタイトルの会が行われました。
出席者は会頭 松谷化学工業(株)の松谷栄次郎さん、副会頭は(株)フジコーの青木さん、東リ(株)岡田さん、(株)関西スーパー高谷さん、の方々を筆頭に常議員、幹事、そして議員、顧問、参与のがお揃いです。

以前の専務理事、この方は商工会議者在職50年、専務理事歴任15年と言う商工会議所の設立から今日までの最大の功労者なんです。奉職50年ですよ。
鈴木不違さん、“たがわず”とお読みします。その鈴木さんに以前から“議員”にと何度も進められて、その都度「東海バネは本社が大阪で大阪商工会議所の会員ですから…」と固辞してきました。

その鈴木さんに変わって今回後任に就かれたのが、歌崎秀夫さんでした。
みんなも知ってると思うけど、わが社のがんばり屋 阪田君のおじさんです。
阪田君のお母さんの弟にあたります。
その阪田君をわが社へと橋渡ししたのが歌崎さんです。
私、歌崎さんとはもう30年のお付き合い、って言うより親しく親交させて貰ってます。
先日「渡辺さん、議員になってよ」と直々の要請があり「何年もお断りしてきましたが、あなたに言われると断りにくいなぁ」と受諾することになりました。

そんなことで初めて出席することになりました。第131回通常議員総会です。

さて総会後の懇親会です。
階を移しての懇親会場は小西酒造さんの好意で長寿蔵から出張ケータリングがズラリと。飲み物も夏目、和田、両氏が泣いて喜ぶ“淡にごり”が例のパフォーマンスでふるまわれました。
昭和46年に伊丹へ進出した東海バネ、そこそこ老舗の部類に入ります。おまけに最近」は結構にぎやかな会社、多くの人とお話し何人から「あぁ、あの…」といわれましたよ。

チャンスをみて市長の藤原保幸さんにつかつかと。
「市長、うれしい報告です。“日本を支える元気なモノづくり中小企業300社”に東海バネがえらばれました」に「経済産業省のホールでみましたよ。あなたのところだったんですね」とすでにインプットされてました。

「ご自身の目で元気にばねつくりの東海バネを見てやってください」とお願いし「是非いきます」と確約をえました。
みんな、たのしみにね!

  
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2006年06月06日

拝啓 村上世彰さま

拝啓 村上世彰さま
我が家の朝刊一面は秋田の男児殺害容疑者逮捕の続報と、和田画伯の芸術撰賞取り消しと、そして村上さん、デーンとメインがあなたの逮捕でした。
なんとまぁ暗い、腹立たしい、情けない記事で一面埋め尽くされておりました。

昨夜のTV報道も概ね似たり寄ったりでしたね。
とりわけ東京証券取引所での「会見」とか称して行われたあなたの長々たるスピーチは圧巻でした。
“逮捕”直前の局面で、常から能弁だとは存じ上げておりましたが、あれだけ自説を披露なさるなんぞ、才無き私などは“そら恐ろしさ”さえ感じるほどでした。
その才を別なほうに傾けられたなら、ひょっとして歴史に名を残されたかも?と日本の優れた人材を失う悔しささえ覚えた私でした。

才無き私はホットしつつ家内と慎ましい食卓を囲んであなたの長舌を目にしておりました。
もちろん、証券取引法などと無縁に生きておりますので、あなたが認められた事が批判できるわたしではありません。
しかしながら、特徴的なギョロ目を更にひん剥いて叫ばれた「お金を儲ける事は悪いことですか」このせりふには一言申し上げなければ、と筆をとりました。

お金を儲ける事は決して悪いことではありません。
要は儲け方であります。
あなたの儲け方は余りにも“荒っぽい”のであります。
“品”が無いのであります。

お金はこつこつと“丁寧”に“公明正大”に儲けなければなりません。
ある人の残された言葉に
「君子は財を好む それを求むるに道理(みち)あり」と。

裏を窺い、隙をつき、巨万の富を手に入れたものの逮捕直前の昨夜の時点でまだ「窺われ、突かれた方が無能」としゃぁしゃぁと仰いました。
私の母は存命中にあなたの様なひとのことをこう言っていました。
「お下劣な人」と。
あなたの奥様やお子様の心穏やかならんことをお祈りいたします。
                                  敬具

  
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2006年06月05日

いきなりの“振り”で慌てました。

3日の土曜日、東大阪の「クリエーション・コア東大阪」で「一日IT経営応援隊in KANSI」が開催されました。
インターネットで参加申し込みをしていたにも拘らず、主催の経済産業省と中小企業金融公庫から「出席してよ」とラブコールをいただきました。
特に経産省から 大臣官房審議官(IT戦略担当)の江嵜正邦審議官との昼食懇話会にも出るようにとのおまけつきでした。但し“クールビズ”でと。ウエルカムしました。
審議官がどれほどお偉い方なのか凡夫は知りませんでしたが、スタッフしておられた近畿経産局の方々のピリピリムードかなり高位な方だと理解できました。
昭和電機の柏木さん、枚岡合金の古芝さんと私の三名が待つ昼食会場に審議官と3月10日にシンガポールから直接東海バネを訪ねていただいた商務情報政策局の鍛冶克彦課長がやって来られました。
食事に際して審議官から「IT導入時の社内の抵抗は?解消策は?」と質問されました。
我々三人は口をモグモグさせながら汗かいてお答えしました。
柏木さんは「何や知らん間に…」といつもの柏木節です。
古芝さんは「トップの熱き思いで!」といつも熱い方です。
私は「なにしろ30年近くになりますからね」と極めて的確性を欠いた答えを…。

フォーラムは13時、審議官の挨拶で始まり「基調講演」「特別講演」仕上げが「パネルディスカッション」です。
鍛冶課長による基調講演は「知って得する経営、実践して儲かるIT経営」と題して昭和電機さん、東海バネの事例を挙げてお話になりました。まさか?の想定外でしたが晴れやかな気分でした。
続いて大丸の会長 奥田 務さんの特別講演は「大丸の経営改革」
副題は〜変化に対する素早い行動とトップの果たすべき役割〜です。
関西ふるさと懇話会で度々お目にかかり東海バネのITストーリーも聞いていただいております。
いつお目にかかってもお若い。私より確か2才〜3才年上と思いますが足元にも…。
奇想天外な策を執られたのではなく、「当たり前のことを断固!」進められたとお聞きしました。

さてプログラムのラストはパネルディスカッションです。
鍛冶課長、クリエーション・コア東大阪の成瀬さん、ITCで有名な川端さん、お昼をご一緒した熱い古芝さんが壇上です。
そしてキーパーソンのモデレーターが西岡郁夫さんです。

6月1日の創立記念日に「3日聞かせて貰います」とお耳に入れたとき、眼光がギロリでしたからひょっとして何かあるかもと思っていました。
案の上です。壇上のパネラーが一通りお話をなさった後「私は予定外のことが好きなので、ここで会場におられるお二人の社長にスピーチを…」と。
「IT導入のデシジョン・ポイントは」に対してのコメントを求められました。
柏木さん、大きな目で私の小さな目を睨みます。「君から行かんかい」ってとこでしょうが「当然柏木さんでしょうが!」と私も小さな目で睨み返しました。
渋々演題へ進まれた柏木さん「命までとられるこたぁ無いやろと」とでっかいスケールのコメントを。
私のコメントはみんなの耳たこの範囲を超えませんでした。
それにしても予告なしで殺生な話でした。

壇中央後方にメインスクリーンがあり、壇下左側にサブスクリーン。
始まってから気になっていたのですが、不鮮明な映像がサブスクリーンに常時。
「似たはるなぁ」は福井の先織さんです。あのお顔がアップが常時スクリーンにあるわけですが
「勘弁してぇな」と言いたくなりました。
「それでは福井の先織さん」と振られて「やっぱり先織さんやったんや」と知りました。
半日座って改めて西岡さんのモデレート振りに感服しました。
見事なまとめです。
気ずかれた方多かったと思います。
有意義でした。

IT経営応援隊inKANSI


  
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