2006年05月31日
心新たに。
昨年の4月1日以来、前号でジャスト100本を数えました。
今日から心新たにリ・スタートします。
丸14ヶ月で100本、昨年内でいっちゃうつもりだったんですがうぅーん…。
明日は第63周年創立記念日です。
昨日も京都リサーチセンターで
「創業以来73年、会社設立以来63年、“手造りバネメーカー”に徹して歩いてきました。消えて無くならなかっただけでも大したもんでしょう」と吼えてきました。
明日からはじまる64年目、しっかり前向いてまた進んでいきましょう。
心新たにリ・スタートです。
今日から心新たにリ・スタートします。
丸14ヶ月で100本、昨年内でいっちゃうつもりだったんですがうぅーん…。
明日は第63周年創立記念日です。
昨日も京都リサーチセンターで
「創業以来73年、会社設立以来63年、“手造りバネメーカー”に徹して歩いてきました。消えて無くならなかっただけでも大したもんでしょう」と吼えてきました。
明日からはじまる64年目、しっかり前向いてまた進んでいきましょう。
心新たにリ・スタートです。
2006年05月30日
諸々まとめて。
昨日伊丹へ行くと何人もの仲間から「風邪どうでっか?」と声を掛けられました。
前号のブログで「熱発」を漏らしたからでしょう。結構仲間がブログ・チェックしてくれてます。
さらに「先週は何処いったはったんでっか?」とも。
サイボーズのスケジュール・チェックも怠り無く…です。ウカウカできません。
サイボーズに23日〜26日まで“お休み”としておいたからです。
「何処行ったかは言わない!」とシャット・アウトしました。
同じく昨日のこと、最近益々“女っぷり”が磨かれてきたSさんと立ち話。
「どう、最近の体調?」と口を滑らせたのが…。
後は同年代(Sさん、仲間に入れてごめん)共通の体調の情報交換。
つまり、若いときやれたこと、段々やれなくなってきて、甚だ情けない!と。
立ち話のまとめとその後考えたこと、Sさん、聞いてね。
あの時は「仕事の“質”を変えましょう」とむすびましたよね。
私自身は所謂“老い”のネガティブな面だけ受け入れてません。
確かに老いることで失うことも多いけど結構得るところも大きいと思います。
言い換えれば、若いときには逆立ちしても出来なかったことが、今だからできる、この年だから出来るってことも多いんですよ。
ただ、その際には仕事の質を変え、“今だから出来る”の範囲を広げておく必要があるようですね
お互いしっかり老いの道を進みましょう。変な話かなぁ。
5月13日のこと。
平成2年に発会した「高坂正尭を囲む勉強会」の第24回例会を京都で行いました。
私、永久幹事です。
元京都大学教授、国際政治学者って言うより熱烈なタイガースファンだった高坂さん、そのお人柄に触れ、慕う有志5組の夫婦が会員です。
それに23回の前回から高坂さんの教え子、仲人も務めて貰われ、さらに政治家へ進むよう薦めて貰われた前民主党党首の前原さんご夫妻も入会されました。
去る2月25日の第23回にはSPを従えてご出席、高坂さんとの事など30分以上スピーチされ「さすが」と我々をうならせました。
残念ながら今回は“政務多忙”で欠席されました。
ところが今回も特別ゲストが。
例会は「黒谷さん」の墓所へお参りにはじまり、そのご例会場所で勉強会です。
会員各社の現況ほか、情報交換しながら食事するんです。
長いお付き合い、家族ぐるみへ発展しています。
実子後継者に関して、私のような者の意見も熱心に耳を傾けられます。
それは兎も角、13日墓参を済ませ例会場へ戻ると、カウンターに中年カップル。
午後5時過ぎの早い時間にちびちびやったはります。
我々会員には馴染みの店、いつも大声で遠慮なくだべらして貰ってるんですが、先客がおいでで「ちょっと勝手が…」と思いましたが、会員でお店のオーナー婦人の順子さん「あら来たはったん」と気安く声掛け。
振り返った中年男性の顔は米朝一門の重鎮 桂 ざこばさんでした。
なんでも順子ママとざこば夫人は同級生で時々お店におそろいで来られているとか。
「なんや、それやったらいつもの様に遠慮なくやらして貰お」になりました。
ちょい悪親父と勝手にイメージしておりましたが、いいえ、物静かな方で静かにお呑りでした。
後日、ラジオで「こんな会が続いててその人らと同席した」と話されたとか。
亡き高坂さんのお陰で人の輪、広がります。
前号のブログで「熱発」を漏らしたからでしょう。結構仲間がブログ・チェックしてくれてます。
さらに「先週は何処いったはったんでっか?」とも。
サイボーズのスケジュール・チェックも怠り無く…です。ウカウカできません。
サイボーズに23日〜26日まで“お休み”としておいたからです。
「何処行ったかは言わない!」とシャット・アウトしました。
同じく昨日のこと、最近益々“女っぷり”が磨かれてきたSさんと立ち話。
「どう、最近の体調?」と口を滑らせたのが…。
後は同年代(Sさん、仲間に入れてごめん)共通の体調の情報交換。
つまり、若いときやれたこと、段々やれなくなってきて、甚だ情けない!と。
立ち話のまとめとその後考えたこと、Sさん、聞いてね。
あの時は「仕事の“質”を変えましょう」とむすびましたよね。
私自身は所謂“老い”のネガティブな面だけ受け入れてません。
確かに老いることで失うことも多いけど結構得るところも大きいと思います。
言い換えれば、若いときには逆立ちしても出来なかったことが、今だからできる、この年だから出来るってことも多いんですよ。
ただ、その際には仕事の質を変え、“今だから出来る”の範囲を広げておく必要があるようですね
お互いしっかり老いの道を進みましょう。変な話かなぁ。
5月13日のこと。
平成2年に発会した「高坂正尭を囲む勉強会」の第24回例会を京都で行いました。
私、永久幹事です。
元京都大学教授、国際政治学者って言うより熱烈なタイガースファンだった高坂さん、そのお人柄に触れ、慕う有志5組の夫婦が会員です。
それに23回の前回から高坂さんの教え子、仲人も務めて貰われ、さらに政治家へ進むよう薦めて貰われた前民主党党首の前原さんご夫妻も入会されました。
去る2月25日の第23回にはSPを従えてご出席、高坂さんとの事など30分以上スピーチされ「さすが」と我々をうならせました。
残念ながら今回は“政務多忙”で欠席されました。
ところが今回も特別ゲストが。
例会は「黒谷さん」の墓所へお参りにはじまり、そのご例会場所で勉強会です。
会員各社の現況ほか、情報交換しながら食事するんです。
長いお付き合い、家族ぐるみへ発展しています。
実子後継者に関して、私のような者の意見も熱心に耳を傾けられます。
それは兎も角、13日墓参を済ませ例会場へ戻ると、カウンターに中年カップル。
午後5時過ぎの早い時間にちびちびやったはります。
我々会員には馴染みの店、いつも大声で遠慮なくだべらして貰ってるんですが、先客がおいでで「ちょっと勝手が…」と思いましたが、会員でお店のオーナー婦人の順子さん「あら来たはったん」と気安く声掛け。
振り返った中年男性の顔は米朝一門の重鎮 桂 ざこばさんでした。
なんでも順子ママとざこば夫人は同級生で時々お店におそろいで来られているとか。
「なんや、それやったらいつもの様に遠慮なくやらして貰お」になりました。
ちょい悪親父と勝手にイメージしておりましたが、いいえ、物静かな方で静かにお呑りでした。
後日、ラジオで「こんな会が続いててその人らと同席した」と話されたとか。
亡き高坂さんのお陰で人の輪、広がります。
2006年05月22日
熱発をおして行ってきました。
昨日の午後から「ちょっと変?」でした。
妙に体がけだるいんです。
念のため、と体温計。36度9分です。
「平熱!平熱!」と言われるだけなので家内にも言いません。
私は低体温、低血圧人間。平熱は5度5分〜6分です。
ってことは、平熱が6度5分のひとの38度程度に相当する熱発です。
私にすれば結構重症の域です。
先週のハード・ワークのツケが回ってきたか?
月曜日の「百選会ご一行ご来社&その後」
火曜日の「人間学講座&その後?」
水曜日の「某研修会&その後&また後」
木曜日の栗菱 芥川社長による「関西IT百選3年連続受賞祝賀会&その後」
金曜日の「東海バネグループOB会」
その後付きの宴会で無かったのはOB会だけでした。
今朝起きて計ったら6度5分でしたから「行ける、行かな!」
本来は伊丹で“トライアル・ウイーク”で東海バネに研修に来ている中学生に一発かまして帝国ホテルでの「明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社」の近畿交流会へ参加して、その後本社で決済のスケジュールでした。
この体調では全部は無理。
早速道中で伊丹の栗林氏に「斯く斯く云々で」と言い訳して伊丹をカットし、本社へ直行し必要な仕事のみ済ませて何故か同行すると言って付いてくる夏目氏、当初から同行予定の真鍋氏と会場の帝国ホテルへ向かいました。
福水近畿経産局長は顔を会わせるなり「何かあると引っ張り出して済みませんなぁ。もう要らないでしょうに」と妙なご挨拶。
「とんでも無い、戴けるもんなら何でもよろこんで」とわたし。
ノン・アルコールの懇親パーティーと事前のお話でしたが、「?」と思うほど皆さん昼間から美酒をおやりでした。福水さんとのツーショット、真鍋君おさえてくれました。
会場にお顔見知りもちらほらいらっしゃったのですが、私の尊敬する北海鉄工所の林社長も美人秘書をお連れで。
福水さんと談笑しているとこを見ておられたのか「渡辺君、局長と親しいの?」と聞かれたので今までの経緯をお話し「福水さんと記念に」と真鍋カメラマンによる局長を挟んでスリー・ショットも押さえることができました。
12時過ぎに会場を出るとき福水さんから「もう動く(転任)から」と耳打ちされ「局へご挨拶に伺います」「是非来てよ」のやりとりでした。
ミツヤの小儀さんをお誘いして近々に。
待機してくれてた夏目氏、真鍋氏とお昼食べて先ほど家に帰ってきました。
平熱に戻ってはおりませんがある種の緊張は体を「シャン」とさせる効果はあるようですね。
妙に体がけだるいんです。
念のため、と体温計。36度9分です。
「平熱!平熱!」と言われるだけなので家内にも言いません。
私は低体温、低血圧人間。平熱は5度5分〜6分です。
ってことは、平熱が6度5分のひとの38度程度に相当する熱発です。
私にすれば結構重症の域です。
先週のハード・ワークのツケが回ってきたか?
月曜日の「百選会ご一行ご来社&その後」
火曜日の「人間学講座&その後?」
水曜日の「某研修会&その後&また後」
木曜日の栗菱 芥川社長による「関西IT百選3年連続受賞祝賀会&その後」
金曜日の「東海バネグループOB会」
その後付きの宴会で無かったのはOB会だけでした。
今朝起きて計ったら6度5分でしたから「行ける、行かな!」
本来は伊丹で“トライアル・ウイーク”で東海バネに研修に来ている中学生に一発かまして帝国ホテルでの「明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社」の近畿交流会へ参加して、その後本社で決済のスケジュールでした。
この体調では全部は無理。
早速道中で伊丹の栗林氏に「斯く斯く云々で」と言い訳して伊丹をカットし、本社へ直行し必要な仕事のみ済ませて何故か同行すると言って付いてくる夏目氏、当初から同行予定の真鍋氏と会場の帝国ホテルへ向かいました。
「とんでも無い、戴けるもんなら何でもよろこんで」とわたし。
ノン・アルコールの懇親パーティーと事前のお話でしたが、「?」と思うほど皆さん昼間から美酒をおやりでした。福水さんとのツーショット、真鍋君おさえてくれました。
福水さんと談笑しているとこを見ておられたのか「渡辺君、局長と親しいの?」と聞かれたので今までの経緯をお話し「福水さんと記念に」と真鍋カメラマンによる局長を挟んでスリー・ショットも押さえることができました。
12時過ぎに会場を出るとき福水さんから「もう動く(転任)から」と耳打ちされ「局へご挨拶に伺います」「是非来てよ」のやりとりでした。
ミツヤの小儀さんをお誘いして近々に。
待機してくれてた夏目氏、真鍋氏とお昼食べて先ほど家に帰ってきました。
平熱に戻ってはおりませんがある種の緊張は体を「シャン」とさせる効果はあるようですね。
2006年05月16日
IT百撰の会をお迎えしました。
昨日は「第三回IT百撰の会企業訪問」を東海バネにお迎えしました。
IT百撰アドバイザリー・クラブの山岡理事長や会長のサンコーインダストリー奥村さんはじめITバリバリの会員さん多数来られました。
冒頭の山岡さんのご挨拶は「今回は余りにも有名な…」と思いっきりの持ち上げ。
恐縮しながらの私は歓迎のご挨拶で「ITは損しないで単品を作る“仕組み”の一部。つぶさにご覧になって、説明をお聞きになって会社に来られないと“見えない”仕組みを理解してお帰り下さい」とお伝えしました。
さて、まずは吉田Lによる東海バネの教育制度のご披露。私も初めて聞きましたが「充実してるなぁ」と感心しました。
続いて和田Lの「職人育成OJT」の実態説明です。
軽妙洒脱で面目躍如、和田L「聞かせ方」知ってます。職業を間違ったかも。
「時間が短いがな」の気持ちアリアリで取り敢えずクローズされました。
昨日の見学の圧巻は32の320の竹の子ばねコイリング。
近畿経済産業局長の福水さんの拍手をいただき、NHKの全国ニュースでも流されました。
ゴーッと音を立てて板が燃える音。熱と緊張で紅潮した作り手の真剣な表情。
余りの迫力に息を呑んで見つめておられました。
そして自然に湧いて来た拍手。
感動されてました。
4時まで盛んな質疑応答でした。勿論バリバリの会社のご訪問ですから質問にITのアもありません。
「あの仕事(バネつくり現場)に継続的に従事する、そのための方策は」
「評価基準は」
手分けしてお答えしましたが、最中、私思いました。
「ハードとソフトとハートや!」と。
お帰りの間際、ある方が私に土曜日の京都のパネルディスカッションで大学教授が「東海バネは素晴らしい。他所が潰れても東海バネは潰れない。職人を大事にしてるから」語っておられたが工場を訪れて「これやな」と理解できました、と言って下さいました。
私の存じ上げないお名前の教授、知らない方が東海バネを褒めてお話下さる。
うれしかったねぇ。
IT百撰アドバイザリー・クラブの山岡理事長や会長のサンコーインダストリー奥村さんはじめITバリバリの会員さん多数来られました。
冒頭の山岡さんのご挨拶は「今回は余りにも有名な…」と思いっきりの持ち上げ。
恐縮しながらの私は歓迎のご挨拶で「ITは損しないで単品を作る“仕組み”の一部。つぶさにご覧になって、説明をお聞きになって会社に来られないと“見えない”仕組みを理解してお帰り下さい」とお伝えしました。
さて、まずは吉田Lによる東海バネの教育制度のご披露。私も初めて聞きましたが「充実してるなぁ」と感心しました。
続いて和田Lの「職人育成OJT」の実態説明です。
軽妙洒脱で面目躍如、和田L「聞かせ方」知ってます。職業を間違ったかも。
「時間が短いがな」の気持ちアリアリで取り敢えずクローズされました。
昨日の見学の圧巻は32の320の竹の子ばねコイリング。
近畿経済産業局長の福水さんの拍手をいただき、NHKの全国ニュースでも流されました。
ゴーッと音を立てて板が燃える音。熱と緊張で紅潮した作り手の真剣な表情。
余りの迫力に息を呑んで見つめておられました。
そして自然に湧いて来た拍手。
感動されてました。
4時まで盛んな質疑応答でした。勿論バリバリの会社のご訪問ですから質問にITのアもありません。
「あの仕事(バネつくり現場)に継続的に従事する、そのための方策は」
「評価基準は」
手分けしてお答えしましたが、最中、私思いました。
「ハードとソフトとハートや!」と。
お帰りの間際、ある方が私に土曜日の京都のパネルディスカッションで大学教授が「東海バネは素晴らしい。他所が潰れても東海バネは潰れない。職人を大事にしてるから」語っておられたが工場を訪れて「これやな」と理解できました、と言って下さいました。
私の存じ上げないお名前の教授、知らない方が東海バネを褒めてお話下さる。
うれしかったねぇ。
2006年05月13日
昨日はもう…。
昨日は密度の濃い1日でした。
第8回関西ふるさと懇話会は例会場のホテルへ8時30分集合です。
マロニーの河内さんにお願い事があったので早めに行きましたが、もう大半の方がおいででした。
関経連の秋山さんが会長の当会、皆さんご立派な方ばかりです。
私はいつも端っこで大人しくしてるんです。
進行役のがんこフードサービスの小島さんの開会ご挨拶で先ず朝食の腹ごしらえになるのですがそのご挨拶、三和実業の松本さんの叙勲ご披露で大きな拍手でした。
続いて「このたび東海バネさんが“明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社”に選ばれ経済産業大臣感謝状を受けられます」とのご紹介。
大きな拍手をいただき、想定外のこと、慌てて立礼しました。どこでお調べだったのでしょう?
叙勲された松本さんと河内さんに挟まれた席でしたから食事中、話が弾みました。
今回のスピーカーは有名な島精機の島さん、「私の経営理念」を1時間お聞きしましたが“我が意を得たり”の連続でした。
手袋編機・横編機の分野では世界最大手となられましたがその源泉は「社員の“自分からやろう”という気持ち」で、やらされてるでは決して出来なかったと述懐されてました。
そのためにはガラス張り経営が絶対条件とも。クリーン・フェアー・オープンです。
お聞きした余韻を引きずりながら本社へ帰って午後は“西岡総研”の吉田さん、森下さん、そして岡田さん、三名のITCにお尋ねいただきました。
うれしいご提案でしたので「やってみましょう」とお答えしました。「関西、近畿のためにお願いします」と燃えておられます。ITCが皆さんこんな方だったらと…。
続いて4時のお約束はO商会の三宅さん、サッカー焼け(もう焦げてる域)のいい色が眩しい。
長い話の締めくくりは「限界超える一歩は踏み出し難い」の私に「一緒に踏み出しましょうよ」の三宅さん。
三宅さん、ホンマ、東海バネに恋したはるみたい。
森先生とお約束場所の途中にあるオフィスへお送りしてラストは森先生との面談です。
中村先生もご一緒と夏目氏から聞いてましたが「のっぴきならないことで」と森先生お一人でした。
3時間、呑み、且つ食べそして主に喋りでした。森先生タフです。
「3時間では足りません」」とわたし。
「もちろん私も」と先生。
熱い方ばかりとお話した昨日。
ぬるめの風呂でクール・ダウンしました。
第8回関西ふるさと懇話会は例会場のホテルへ8時30分集合です。
マロニーの河内さんにお願い事があったので早めに行きましたが、もう大半の方がおいででした。
関経連の秋山さんが会長の当会、皆さんご立派な方ばかりです。
私はいつも端っこで大人しくしてるんです。
進行役のがんこフードサービスの小島さんの開会ご挨拶で先ず朝食の腹ごしらえになるのですがそのご挨拶、三和実業の松本さんの叙勲ご披露で大きな拍手でした。
続いて「このたび東海バネさんが“明日の日本を支える元気なモノ作り中小企業300社”に選ばれ経済産業大臣感謝状を受けられます」とのご紹介。
大きな拍手をいただき、想定外のこと、慌てて立礼しました。どこでお調べだったのでしょう?
叙勲された松本さんと河内さんに挟まれた席でしたから食事中、話が弾みました。
今回のスピーカーは有名な島精機の島さん、「私の経営理念」を1時間お聞きしましたが“我が意を得たり”の連続でした。
手袋編機・横編機の分野では世界最大手となられましたがその源泉は「社員の“自分からやろう”という気持ち」で、やらされてるでは決して出来なかったと述懐されてました。
そのためにはガラス張り経営が絶対条件とも。クリーン・フェアー・オープンです。
お聞きした余韻を引きずりながら本社へ帰って午後は“西岡総研”の吉田さん、森下さん、そして岡田さん、三名のITCにお尋ねいただきました。
うれしいご提案でしたので「やってみましょう」とお答えしました。「関西、近畿のためにお願いします」と燃えておられます。ITCが皆さんこんな方だったらと…。
続いて4時のお約束はO商会の三宅さん、サッカー焼け(もう焦げてる域)のいい色が眩しい。
長い話の締めくくりは「限界超える一歩は踏み出し難い」の私に「一緒に踏み出しましょうよ」の三宅さん。
三宅さん、ホンマ、東海バネに恋したはるみたい。
森先生とお約束場所の途中にあるオフィスへお送りしてラストは森先生との面談です。
中村先生もご一緒と夏目氏から聞いてましたが「のっぴきならないことで」と森先生お一人でした。
3時間、呑み、且つ食べそして主に喋りでした。森先生タフです。
「3時間では足りません」」とわたし。
「もちろん私も」と先生。
熱い方ばかりとお話した昨日。
ぬるめの風呂でクール・ダウンしました。
2006年05月08日
4月27日以来の歯軋りです。
今年、東海バネのGW休暇は9日間。何度目かの最長休暇です。
仲間の中には「窮連休」の手合いも有りそう。
私自身も遠出でもするんならとも角、殆ど自宅で過ごした9日間に「これでエエんか?」が何度か頭をよぎりました。貧乏性やねぇ。
言い訳になるけど、今年はGW最中、隣家に引越してきた子供や孫のことを考え自宅にこもるしか無かったんです。
昨年11月に引越しした身はその大変さが解ります。
還暦に達する夫婦にとって生活様式100%変革を伴う引越しは戸惑いと混乱の連続でした。
未だに試行錯誤の毎日と言って過言では有りません。
「やっぱりこの方がエエんちゃう?」「この方が使いやすいのッ!」
家具の位置や物の置き方一つでも実に頻繁に意見交換?しています。
これって単なる痴話げんかとも…。
押し切られた方がその上にまたストレスを重ねます。主に私ですが。
子供達の引越しにはその子、つまり孫がくっついて来ますから、せめて孫の面倒は見てやれたらと私と家内は“飯炊きばあさん”と“子守りじじい”に徹した訳です。
そのお陰で彼らは心置きなく引越しに専念できたと思います。
特に毎夜振舞われる呑み放題ディナー、豪華版です。
「それどころじゃぁ無いわ」とコンビ二弁当がイイところでしょう?
ごまめの女房は随分汗かいてました。
連休中に概ね整理が終わったようで落ち着いた暮らし振りを取り戻し、私もホッとしたところです。
ほんと、引越しは疲れますね。
仲間の中には「窮連休」の手合いも有りそう。
私自身も遠出でもするんならとも角、殆ど自宅で過ごした9日間に「これでエエんか?」が何度か頭をよぎりました。貧乏性やねぇ。
言い訳になるけど、今年はGW最中、隣家に引越してきた子供や孫のことを考え自宅にこもるしか無かったんです。
昨年11月に引越しした身はその大変さが解ります。
還暦に達する夫婦にとって生活様式100%変革を伴う引越しは戸惑いと混乱の連続でした。
未だに試行錯誤の毎日と言って過言では有りません。
「やっぱりこの方がエエんちゃう?」「この方が使いやすいのッ!」
家具の位置や物の置き方一つでも実に頻繁に意見交換?しています。
これって単なる痴話げんかとも…。
押し切られた方がその上にまたストレスを重ねます。主に私ですが。
子供達の引越しにはその子、つまり孫がくっついて来ますから、せめて孫の面倒は見てやれたらと私と家内は“飯炊きばあさん”と“子守りじじい”に徹した訳です。
そのお陰で彼らは心置きなく引越しに専念できたと思います。
特に毎夜振舞われる呑み放題ディナー、豪華版です。
「それどころじゃぁ無いわ」とコンビ二弁当がイイところでしょう?
ごまめの女房は随分汗かいてました。
連休中に概ね整理が終わったようで落ち着いた暮らし振りを取り戻し、私もホッとしたところです。
ほんと、引越しは疲れますね。