2005年11月28日
目ぇ点でした
今日は東京です。
「六本木ヒルズ森タワーの六本木アカデミーヒルズ49Fタワーホール」で300名満席の中「日本経済−その潮流の変化」と題した東京大学大学院教授 伊藤元重氏の講演は定刻7時にスタートしました。
西岡先生の「モバイル・インター・ネット・キャピタル」のご好意のタクシーで約15分、ケヤキ坂のイルミネーションに見とれて居る内に、三木谷さんや堀ぇもんさん達が闊歩する話題の界隈へ到着です。
伊藤元重教授と言えば今年の7月26日に伊丹へふらっとおいでになりましたね。
その後、10月11日にある政府系金融機関の旬刊紙の対談記事の取材で東京でお目に掛かりました。
高名な先生と存じ上げておりましたが、講演を聞いた事がありませんでした。
ふと目に留まった日経新聞主催の「経営者未来塾」の第3回セミナーの案内に何と伊藤元重教授とあるじゃぁありませんか。
即、申し込みましたよ
6時30分に受付開始とあり、その15分前に到着したのですが、受付カウンター前にもう列ができていました。
やがて講演がはじまりました。
少々早口ですが軽妙で親しめる語りは伊丹と東京でお聞きしたままです。
PCを操ってスクリーンでお話しを進められるのですが、丁度3分の2を経過したころのスクリーンに「東海バネ」の社名がデーンと突然登場しました。
想定外のシチュエーション「こんな事あってエエんか!」でした。
「徹底した“差別化”で成功し成長し続けている会社」と紹介していただき、7月の来社時の状況やその時の感想も交えてしっかり話していただきました。
「興味のある方はホームページを見てください。伊藤元重くる!なんてのもありますよ」とまで言って下さってました。
本心を言うと「ひょっとして東海バネって触れてくれないかなぁ、けどそれは無いよなぁ」と複雑でした。替わったスクリーンに東海バネの社名を見た時“目ぇ点”でズッコケそうになりましたが同時にグンと胸張ってる私がありました。そして東海バネの話しのあいだ中、夢見心地でした。
あの伊藤元重教授が300名満席の聴衆に「東海バネは…」と語りかけておられる様子を想像して下さい。
熱くならない方がおかしいってもんでしょう。
「六本木ヒルズ森タワーの六本木アカデミーヒルズ49Fタワーホール」で300名満席の中「日本経済−その潮流の変化」と題した東京大学大学院教授 伊藤元重氏の講演は定刻7時にスタートしました。
西岡先生の「モバイル・インター・ネット・キャピタル」のご好意のタクシーで約15分、ケヤキ坂のイルミネーションに見とれて居る内に、三木谷さんや堀ぇもんさん達が闊歩する話題の界隈へ到着です。
伊藤元重教授と言えば今年の7月26日に伊丹へふらっとおいでになりましたね。
その後、10月11日にある政府系金融機関の旬刊紙の対談記事の取材で東京でお目に掛かりました。
高名な先生と存じ上げておりましたが、講演を聞いた事がありませんでした。
ふと目に留まった日経新聞主催の「経営者未来塾」の第3回セミナーの案内に何と伊藤元重教授とあるじゃぁありませんか。
即、申し込みましたよ
6時30分に受付開始とあり、その15分前に到着したのですが、受付カウンター前にもう列ができていました。
やがて講演がはじまりました。
少々早口ですが軽妙で親しめる語りは伊丹と東京でお聞きしたままです。
PCを操ってスクリーンでお話しを進められるのですが、丁度3分の2を経過したころのスクリーンに「東海バネ」の社名がデーンと突然登場しました。
想定外のシチュエーション「こんな事あってエエんか!」でした。
「徹底した“差別化”で成功し成長し続けている会社」と紹介していただき、7月の来社時の状況やその時の感想も交えてしっかり話していただきました。
「興味のある方はホームページを見てください。伊藤元重くる!なんてのもありますよ」とまで言って下さってました。
本心を言うと「ひょっとして東海バネって触れてくれないかなぁ、けどそれは無いよなぁ」と複雑でした。替わったスクリーンに東海バネの社名を見た時“目ぇ点”でズッコケそうになりましたが同時にグンと胸張ってる私がありました。そして東海バネの話しのあいだ中、夢見心地でした。
あの伊藤元重教授が300名満席の聴衆に「東海バネは…」と語りかけておられる様子を想像して下さい。
熱くならない方がおかしいってもんでしょう。
2005年11月24日
高名なITCからの依頼です。
久し振りに佐伯先生の肉声をお聞きしました。
いつも通り弾んだ声でお元気、毎日が充実しておられる様子が手に取るように判りました。
私の一日は先生のサイトを開いて“ブログチェック”する事からはじまります。
ブログのキャッチコピー「長田から元気を発信」そのもので、朝一番にこそお勧めです。
岡田先生とのペアーで2002年に初めてお会いし、わが社を親身でご指導くださり、今日の東海バネへの大ブレークを仕掛けて下さった恩人ですが、その後はご自身もどんどんブレークし続られ、はるか雲上へ駆け上られました。
人は地位が上がり、名声を得たりするとよそよそしく「えぇっ、あなた、どなた?」って態度になる人いるじゃないですか。まぁ人間らしいっちゃぁそうではありますが。
いきなり「しゃぁっちょおーっ」っていつもの調子で電話に出られました。
全く変わっておられません。
「50億企業専門コンサルになられてさびしい思いしてます」と突っ込んでも「いやぁ、日本はやっぱり中小企業が元気でなくては…」と例の名調子健在です。
その佐伯先生、先生がこよなく愛される中小企業にピッタリの強力な経営ツールを世に出されました。
題して「ズバリ!経営戦略立案ソフト」です。
・操作マニュアル
・取り扱い説明書
・解説本
・CD-R
のセットで\30.000だそうです。
早々から大反響で「安く出し過ぎた言われてねぇ」と自信タップリです。
先生に電話コンタクトしたのは先生からのメール「解説本(経営戦略の策定入門)が3000部できるから、“帯”お願いね」とあり「タイムリミット」をお聞きするためでした。
ついでに「私でよろしいんですか?」と念を押しました。
「東海バネがエエんや」と仰ってましたが言外には「とても出来そうに無かったあの東海バネでも出来たのだから、普通の中小企業なら“楽勝や”を伝えたいのよ」では無かったでしょうか。
そして少しでも東海バネが“売れゝば”の親心もてんこもりなのです。
私には解るのです。
いつも通り弾んだ声でお元気、毎日が充実しておられる様子が手に取るように判りました。
私の一日は先生のサイトを開いて“ブログチェック”する事からはじまります。
ブログのキャッチコピー「長田から元気を発信」そのもので、朝一番にこそお勧めです。
岡田先生とのペアーで2002年に初めてお会いし、わが社を親身でご指導くださり、今日の東海バネへの大ブレークを仕掛けて下さった恩人ですが、その後はご自身もどんどんブレークし続られ、はるか雲上へ駆け上られました。
人は地位が上がり、名声を得たりするとよそよそしく「えぇっ、あなた、どなた?」って態度になる人いるじゃないですか。まぁ人間らしいっちゃぁそうではありますが。
いきなり「しゃぁっちょおーっ」っていつもの調子で電話に出られました。
全く変わっておられません。
「50億企業専門コンサルになられてさびしい思いしてます」と突っ込んでも「いやぁ、日本はやっぱり中小企業が元気でなくては…」と例の名調子健在です。
その佐伯先生、先生がこよなく愛される中小企業にピッタリの強力な経営ツールを世に出されました。
題して「ズバリ!経営戦略立案ソフト」です。
・操作マニュアル
・取り扱い説明書
・解説本
・CD-R
のセットで\30.000だそうです。
早々から大反響で「安く出し過ぎた言われてねぇ」と自信タップリです。
先生に電話コンタクトしたのは先生からのメール「解説本(経営戦略の策定入門)が3000部できるから、“帯”お願いね」とあり「タイムリミット」をお聞きするためでした。
ついでに「私でよろしいんですか?」と念を押しました。
「東海バネがエエんや」と仰ってましたが言外には「とても出来そうに無かったあの東海バネでも出来たのだから、普通の中小企業なら“楽勝や”を伝えたいのよ」では無かったでしょうか。
そして少しでも東海バネが“売れゝば”の親心もてんこもりなのです。
私には解るのです。
2005年11月19日
素晴らしい2日をありがとうね。
2日間の“2005年度アクション・プラン ファイナルプレゼンテーション”が先ほど終わりました。
心地よい疲労感にゆったり体を任せております。
朝からハイ・テンションで「バネ営業」のエリア組のプレゼンでもうウルウル状態でした。
“泣き虫二神”の「リ・チュウモン九州計画クリアー秘話」に泣かされましたよ。
「営業が企業の規模を決める」と若い頃教わりました。
2005年度のエリア・インフォ・オペの学びと進化がこれからの東海バネの経営を一層飛躍させることでしょう。
経営の飛躍と言えば、「ウエブ」の成果、大きいねぇ。
「ITがローテクの町工場の未来への道を開いてくれた」と外で話していますが、正にその通りだよね。
プレゼンを聞いた後、東海バネの宝は単品需要をかき集める力だ!と褒めながら、それを製品にするための汗と涙の“つくり手”の苦労を思い、また不覚の涙でした。
バネにする、製品に出来る力、これも東海バネの力だよ。
いつも思うのですが評価するって、困難で残酷な仕事です。一年の努力を“5点満点”で何点なんてねぇ・・・。
でも今年は新入りが入賞して衝撃?が走っていました。
特に東海エンジ、苦節ウン年、初入賞で堀岡君の喜んだこと。
二日間を振り返って、今、充実感にどっぷり浸っています。
少なくとも今年が東海バネとそのグループが前進した年であったと確認できた事、さらに2006年に取り組む「テーマ」が鮮明になった事など、収穫の多い時間を持てました。
みんな、素晴らしい二日間をありがとう。
心地よい疲労感にゆったり体を任せております。
朝からハイ・テンションで「バネ営業」のエリア組のプレゼンでもうウルウル状態でした。
“泣き虫二神”の「リ・チュウモン九州計画クリアー秘話」に泣かされましたよ。
「営業が企業の規模を決める」と若い頃教わりました。
2005年度のエリア・インフォ・オペの学びと進化がこれからの東海バネの経営を一層飛躍させることでしょう。
経営の飛躍と言えば、「ウエブ」の成果、大きいねぇ。
「ITがローテクの町工場の未来への道を開いてくれた」と外で話していますが、正にその通りだよね。
プレゼンを聞いた後、東海バネの宝は単品需要をかき集める力だ!と褒めながら、それを製品にするための汗と涙の“つくり手”の苦労を思い、また不覚の涙でした。
バネにする、製品に出来る力、これも東海バネの力だよ。
いつも思うのですが評価するって、困難で残酷な仕事です。一年の努力を“5点満点”で何点なんてねぇ・・・。
でも今年は新入りが入賞して衝撃?が走っていました。
特に東海エンジ、苦節ウン年、初入賞で堀岡君の喜んだこと。
二日間を振り返って、今、充実感にどっぷり浸っています。
少なくとも今年が東海バネとそのグループが前進した年であったと確認できた事、さらに2006年に取り組む「テーマ」が鮮明になった事など、収穫の多い時間を持てました。
みんな、素晴らしい二日間をありがとう。
2005年11月18日
まるで“乾杯屋さん”でした。
よりによって、昨日は午後3時スタートのいわゆる“研修会”がダブル・ブッキングでした。勉強した後の“懇親会”も勿論有りです。
しかも両方とも欠席する訳にはいきません。
苦肉の策として、前段の研修会はその講演を全聴。その後の懇親会の乾杯の音頭取りを声高らかに「かんぱぁーいっ」と目立って、すぐ会場を後にして次の研修会場へ移動しました。
講演終盤の会場に滑り込みセーフでした。続く懇親会では開宴挨拶と乾杯もまとめて引き受けて、盛大に「カンパーイッ」とやりました。
まるで乾杯屋さんのような昨日でした。
今日から明日にかけて“ファイナル・アクションプラン・発表会”です。
今年の集大成、ですからみんな真剣で聞く私も真剣でなくては。
ワクワクする2日間でもありますが、ふらふらになる2日間でもあります。
明日も「がんばるぞぉー」
しかも両方とも欠席する訳にはいきません。
苦肉の策として、前段の研修会はその講演を全聴。その後の懇親会の乾杯の音頭取りを声高らかに「かんぱぁーいっ」と目立って、すぐ会場を後にして次の研修会場へ移動しました。
講演終盤の会場に滑り込みセーフでした。続く懇親会では開宴挨拶と乾杯もまとめて引き受けて、盛大に「カンパーイッ」とやりました。
まるで乾杯屋さんのような昨日でした。
今日から明日にかけて“ファイナル・アクションプラン・発表会”です。
今年の集大成、ですからみんな真剣で聞く私も真剣でなくては。
ワクワクする2日間でもありますが、ふらふらになる2日間でもあります。
明日も「がんばるぞぉー」
2005年11月15日
ごまめの名は「よしき」です。
平成13年にご誕生の皇孫内親王は「愛子様」でした。
同14年の年賀状に
「三十路を越え二児の母になる娘に“愛子”と名付け、皇孫内親王と同名の栄に浴してうれしく思う」ことを基調のご挨拶をしたためたものです。
今日11月15日は創業以来続いている「ふいご祭」でOB会長にも早朝からご出席いただき伊丹で厳かに執り行いました。
「一年間ご加護いただき有難うございました」と感謝しました。
伊丹での祭礼は由緒ある“東天神社”の宮司に出座願っていますが、今日はご世継ぎの子息宮司が来て下さいました。
「?」とお尋ねすると秋の叙勲で“紫綬褒章”ご受章のため宮中参内でのピンチヒッターとのこと。
ふいご祭のおめでた、東天神社宮司叙勲のおめでた。
もう一つは今日、ごまめは大阪福島税務署長から「多年にわたり納税道義の高揚に努めた」と表彰状を頂きます。受賞者代表の言葉を述べる栄誉付きで。
これ三つ目のおめでた。


最後に回して叱られそうですが、同じく今日11月15日は天皇家ご長女紀宮さまがご結婚式を挙げられる日、四つ目のおめでたです。
婿殿が「よしき」さんだとの私にとって飛びっきりの栄誉付きで。
平成18年の賀状のご挨拶文言はこれで行こうかなあ。
同14年の年賀状に
「三十路を越え二児の母になる娘に“愛子”と名付け、皇孫内親王と同名の栄に浴してうれしく思う」ことを基調のご挨拶をしたためたものです。
今日11月15日は創業以来続いている「ふいご祭」でOB会長にも早朝からご出席いただき伊丹で厳かに執り行いました。
「一年間ご加護いただき有難うございました」と感謝しました。
伊丹での祭礼は由緒ある“東天神社”の宮司に出座願っていますが、今日はご世継ぎの子息宮司が来て下さいました。
「?」とお尋ねすると秋の叙勲で“紫綬褒章”ご受章のため宮中参内でのピンチヒッターとのこと。
ふいご祭のおめでた、東天神社宮司叙勲のおめでた。
もう一つは今日、ごまめは大阪福島税務署長から「多年にわたり納税道義の高揚に努めた」と表彰状を頂きます。受賞者代表の言葉を述べる栄誉付きで。
これ三つ目のおめでた。
最後に回して叱られそうですが、同じく今日11月15日は天皇家ご長女紀宮さまがご結婚式を挙げられる日、四つ目のおめでたです。
婿殿が「よしき」さんだとの私にとって飛びっきりの栄誉付きで。
平成18年の賀状のご挨拶文言はこれで行こうかなあ。
2005年11月10日
高坂正尭を囲む勉強会です。
11月2日、「高坂正尭を囲む勉強会」を挙行しました。
数えて第22回目の勉強会でした。
結成は平成6年4月で、高坂正尭氏を含めて11名のメンバーでスタートしました。
先生は2年後の平成8年5月に突然お亡くなりになりました。
しかしその間私を含めて会員一同は多くの教えを先生から頂き、結果、強い絆で結ばれる連帯感を意識するようになりました。
「先生亡きあと、どうするか」を相談しましたが「意思をついで勉強を続行しよう」と言う意見が大勢を占め今日に至っています。
第22回勉強会のトピックスは、先日民主党の党首に就任された前原誠司氏に招待状をお送りしたことです。
そもそも会則に「当会は政治活動を行わない」とありますから、前原氏の民主党をバックアップしよう目論むものではありません。
ただ、前原氏を政治の世界に向かわせたのが高坂先生だったこと、そして先生が生涯で二組仲人されたそのお一人が前原氏であったこと、を理由に勉強会にお誘いしたのです。
つまり、前原氏と私たち会員は共に高坂先生から学び、今も亡き人を敬愛する想いを同じゅうする者として結ばれていると考えてのお誘いでした。
勉強会の二日前に当会会長なさっておられる野口氏宅に「まえはら誠司事務所」から参加できない旨の電話があり、続いて勉強会の二日後、全会員宛てに同じく事務所から手紙が届きました。
曰く、「今後も機会を作り参加させて頂きたい…」とありました。
結びが「かしこ」となっておりますから、前原婦人によるものか、などと想像しております。
次回は先生ご命日平成18年5月15日に行います。
会結成十周年記念の第23回勉強会は高坂正尭先生の愛弟子前原氏ご出席のもとに行いたいと念願しています。
数えて第22回目の勉強会でした。
結成は平成6年4月で、高坂正尭氏を含めて11名のメンバーでスタートしました。
先生は2年後の平成8年5月に突然お亡くなりになりました。
しかしその間私を含めて会員一同は多くの教えを先生から頂き、結果、強い絆で結ばれる連帯感を意識するようになりました。
「先生亡きあと、どうするか」を相談しましたが「意思をついで勉強を続行しよう」と言う意見が大勢を占め今日に至っています。
第22回勉強会のトピックスは、先日民主党の党首に就任された前原誠司氏に招待状をお送りしたことです。
そもそも会則に「当会は政治活動を行わない」とありますから、前原氏の民主党をバックアップしよう目論むものではありません。
ただ、前原氏を政治の世界に向かわせたのが高坂先生だったこと、そして先生が生涯で二組仲人されたそのお一人が前原氏であったこと、を理由に勉強会にお誘いしたのです。
つまり、前原氏と私たち会員は共に高坂先生から学び、今も亡き人を敬愛する想いを同じゅうする者として結ばれていると考えてのお誘いでした。
勉強会の二日前に当会会長なさっておられる野口氏宅に「まえはら誠司事務所」から参加できない旨の電話があり、続いて勉強会の二日後、全会員宛てに同じく事務所から手紙が届きました。
曰く、「今後も機会を作り参加させて頂きたい…」とありました。
結びが「かしこ」となっておりますから、前原婦人によるものか、などと想像しております。
次回は先生ご命日平成18年5月15日に行います。
会結成十周年記念の第23回勉強会は高坂正尭先生の愛弟子前原氏ご出席のもとに行いたいと念願しています。