2005年04月27日
またまたお褒めにあずかりました
昨日、O商会のナイスガイ、ミスターO商会のMさんが11名連れられて工場見学にこられました。
O商会は元気印のベンダーさんで、そのお取引先をまとめられての勉強会を続けておられます。
昨年の琵琶湖畔のO商会研修センターでの勉強会にお呼び頂き、東海バネをアピールしたのでした。
「大口」を叩きましたので、「この眼で確かめてやろう」だったのでしょう。
11名の見学者は大変熱心な方々で予定の午後5時を30分超過してやっとお引取りになりました。
「製造現場でPCを使っている、どうしたらそうできるの?」
「作業者自ら説明し、質問に答えている、マニュアル作ってるの?」
「老・壮・若がみんな、目を輝かせているいるが、秘策は?」
など、????のオンパレードでした。
経営に秘策も裏技もありません。働く「人間」のモチベーションを”高く保つ”ことだと思います。
ES→CS→ES→CS このスパイラルを高く大きく、広げて行くことだと、偉そうに答えておきました。
昨夜、長崎から新鋭のF君の「ユーザーに感謝されました」とうれしさ丸出しのメールが発信されました。
それに対し色んな仲間から「俺も」「俺も」とご相伴メールが飛び交っていました。
それらを確認してF君、長崎空港で泣いちゃったんですって。
そのメール見て、ジーンときた ごまめです。
ごまめはしばらく、お休みいたします。5月の連休明けに!よろしく!
O商会は元気印のベンダーさんで、そのお取引先をまとめられての勉強会を続けておられます。
昨年の琵琶湖畔のO商会研修センターでの勉強会にお呼び頂き、東海バネをアピールしたのでした。
「大口」を叩きましたので、「この眼で確かめてやろう」だったのでしょう。
11名の見学者は大変熱心な方々で予定の午後5時を30分超過してやっとお引取りになりました。
「製造現場でPCを使っている、どうしたらそうできるの?」
「作業者自ら説明し、質問に答えている、マニュアル作ってるの?」
「老・壮・若がみんな、目を輝かせているいるが、秘策は?」
など、????のオンパレードでした。
経営に秘策も裏技もありません。働く「人間」のモチベーションを”高く保つ”ことだと思います。
ES→CS→ES→CS このスパイラルを高く大きく、広げて行くことだと、偉そうに答えておきました。
昨夜、長崎から新鋭のF君の「ユーザーに感謝されました」とうれしさ丸出しのメールが発信されました。
それに対し色んな仲間から「俺も」「俺も」とご相伴メールが飛び交っていました。
それらを確認してF君、長崎空港で泣いちゃったんですって。
そのメール見て、ジーンときた ごまめです。
ごまめはしばらく、お休みいたします。5月の連休明けに!よろしく!
2005年04月26日
中小企業庁長官との懇談会へ出席しました
「さて、望月中小企業庁長官の来阪に際し、近畿地域でご活躍の企業経営者の方との懇談会を開催することとなりました.・・・が、是非ともご参加・・・」
とのご案内を頂き、今日、近畿経済産業局へ行ってきました。
11時の集合で途中昼食をはさみ、午後1時まで懇談会が行われました。
民間からは5社5名にお声が掛かったのです。
(株)アウラ 野々村社長
(株)中村超硬 井上社長
小林金属(株) 小林社長
深喜毛織(株) 深井社長
そして東海バネでした。
お役所からの出席は
中小企業庁から望月長官、数井課長、近畿経済産業局から福水局長、吉田部長、戸井部長、由良課長、須山課長、井岡課長と豪華メンバーでした。
福水局長と、望月長官のご挨拶にはじまり、もち時間7分で自社紹介に入りましたがたった7分ではねえ。雄弁な皆さんは苦心惨憺でした。でも皆さんさすがです。必要なことはしっかりアピールなさっておられました。私も時計と睨めっこしながら、ほぼ?時間通りに。
一見してシャープ、そしてホット、ソフトな望月長官は一々メモをとられたり、頷いたりされながら、熱心に耳を傾けておられました。
食事を摂りながらでしたが、その間、長官は、一社ずつ、丁寧に質問されましたが、「よう聞いてくれはった!」と、各社が話された中から、一番訴えたかった所を更に質問しておられました。さすがやねぇ。
目からうろこの話を一挙に四話聞けて、頭がボアーンとしているごまめです。
とのご案内を頂き、今日、近畿経済産業局へ行ってきました。
11時の集合で途中昼食をはさみ、午後1時まで懇談会が行われました。
民間からは5社5名にお声が掛かったのです。
(株)アウラ 野々村社長
(株)中村超硬 井上社長
小林金属(株) 小林社長
深喜毛織(株) 深井社長
そして東海バネでした。
お役所からの出席は
中小企業庁から望月長官、数井課長、近畿経済産業局から福水局長、吉田部長、戸井部長、由良課長、須山課長、井岡課長と豪華メンバーでした。
福水局長と、望月長官のご挨拶にはじまり、もち時間7分で自社紹介に入りましたがたった7分ではねえ。雄弁な皆さんは苦心惨憺でした。でも皆さんさすがです。必要なことはしっかりアピールなさっておられました。私も時計と睨めっこしながら、ほぼ?時間通りに。
一見してシャープ、そしてホット、ソフトな望月長官は一々メモをとられたり、頷いたりされながら、熱心に耳を傾けておられました。
食事を摂りながらでしたが、その間、長官は、一社ずつ、丁寧に質問されましたが、「よう聞いてくれはった!」と、各社が話された中から、一番訴えたかった所を更に質問しておられました。さすがやねぇ。
目からうろこの話を一挙に四話聞けて、頭がボアーンとしているごまめです。
2005年04月25日
超ビップなゲストをお迎えしました。
先週の金曜日に超ビップなお客様方をお迎えしました。
事の発端は、モバイル・インターネットキャピタルの西岡社長が「是非お会いすべき」とセットして下さった「丸の内ブランドフォーラム」の代表者で、元東京大学教授の片平秀貴さんとの対面でした。
「元東大教授」とお聞きし、・生真面目 ・堅物 ・理論派 等と勝手にイメージし、「かなんなあ(困ったなあ)」と半分逃げ腰で臨みました。
私の話が通じるかいな?と半信半疑でもありました。
「東大教授言うても色々いたはる」と「“元”が付かれる筈や」がその時の印象でした。片平さんは東大からはみ出されたに違い有りません。
「僕も大阪暮らしの経験者で野田阪神の呑み屋さんたくさん知ってます」に始って最後は、「ちょっと多人数で伺うが是非東海さんのビジネスモデルを研究させて」となったんです。
裏で西岡先生が太鼓叩いて下さったのは言うまでも有りません。
当日は午前に尊敬する柏木社長の昭和電機さん、午後わが東海バネとスケジュールされました。
超過密スケジュールでしたが、予定通りの時間に当社に到着されました。
お迎えしたバスから、柏木社長までのっそり降りてこられ「なんで?」の私に「又、見せてもらおと思てな」と相変わらず飄々とした風情でおられました。
伊丹工場は事前の伝達が利き過ぎたか、みんなこれ以上ないって位の緊張状態でしたが、何とか普段着の我々を見ていただけたと思います。大したもんやでえ。
工場見学のあとはいよいよ得意の“ショータイム”ですが、これも何とか・・・。
柏木さんからは「理念とか何とか難しいこと聞かれるでぇ」と耳打ちされていたのですが、活発な質問にも誇張やごまかしも無く、有体(有るがまま)にお答えして、無事“常盤研究会 ザ・4・21第一部は終了しました。 ホッ
第二部は西岡先生ご用達のお店へ移動して行われました。
元花王社長の常盤文克さんは所用で外れられましたが、紅一転の臼井千恵子さんがマドンナされて、実に愉快な雰囲気で終始和やかでした。が、が、ホンダの古城さんの駄洒落連発には、ほとほと・・・。
緊張と緩和、貴重な経験をした一日でした。
早速謝メールを皆さんから頂きましたが、片平さんには「次は野田阪神で!」とお誘いしておきました。本社の皆さん、お勧めの店リストアップ頼んまっせ。
[追記]
・太鼓を叩くとは「そうするように仕向ける」と理解して下さい。
・片平さんははみ出されたと表現しましたが、ご自身の意思を以っての事であり、現在も東大とは良好な関係を維持しておられます。
以上念のため
事の発端は、モバイル・インターネットキャピタルの西岡社長が「是非お会いすべき」とセットして下さった「丸の内ブランドフォーラム」の代表者で、元東京大学教授の片平秀貴さんとの対面でした。
「元東大教授」とお聞きし、・生真面目 ・堅物 ・理論派 等と勝手にイメージし、「かなんなあ(困ったなあ)」と半分逃げ腰で臨みました。
私の話が通じるかいな?と半信半疑でもありました。
「東大教授言うても色々いたはる」と「“元”が付かれる筈や」がその時の印象でした。片平さんは東大からはみ出されたに違い有りません。
「僕も大阪暮らしの経験者で野田阪神の呑み屋さんたくさん知ってます」に始って最後は、「ちょっと多人数で伺うが是非東海さんのビジネスモデルを研究させて」となったんです。
裏で西岡先生が太鼓叩いて下さったのは言うまでも有りません。
当日は午前に尊敬する柏木社長の昭和電機さん、午後わが東海バネとスケジュールされました。
超過密スケジュールでしたが、予定通りの時間に当社に到着されました。
お迎えしたバスから、柏木社長までのっそり降りてこられ「なんで?」の私に「又、見せてもらおと思てな」と相変わらず飄々とした風情でおられました。
伊丹工場は事前の伝達が利き過ぎたか、みんなこれ以上ないって位の緊張状態でしたが、何とか普段着の我々を見ていただけたと思います。大したもんやでえ。
工場見学のあとはいよいよ得意の“ショータイム”ですが、これも何とか・・・。
柏木さんからは「理念とか何とか難しいこと聞かれるでぇ」と耳打ちされていたのですが、活発な質問にも誇張やごまかしも無く、有体(有るがまま)にお答えして、無事“常盤研究会 ザ・4・21第一部は終了しました。 ホッ
第二部は西岡先生ご用達のお店へ移動して行われました。
元花王社長の常盤文克さんは所用で外れられましたが、紅一転の臼井千恵子さんがマドンナされて、実に愉快な雰囲気で終始和やかでした。が、が、ホンダの古城さんの駄洒落連発には、ほとほと・・・。
緊張と緩和、貴重な経験をした一日でした。
早速謝メールを皆さんから頂きましたが、片平さんには「次は野田阪神で!」とお誘いしておきました。本社の皆さん、お勧めの店リストアップ頼んまっせ。
[追記]
・太鼓を叩くとは「そうするように仕向ける」と理解して下さい。
・片平さんははみ出されたと表現しましたが、ご自身の意思を以っての事であり、現在も東大とは良好な関係を維持しておられます。
以上念のため
2005年04月21日
波紋が大きくて・・・
今日の朝刊に掲載されるのをすっかり忘れていました。
朝から電話やメールがバンバン寄せられ、誉められたり、羨ましがられたり。
嬉し恥ずかしで、対応に追われました。
一通り済ませて、慌てて紙面を眺める始末でした。
取材に来られた記者 前地昌道氏は取材当日、私の話をメモしてから“工場見学”
されました。
「えらい長い現場取材やなあ」と小1時間待った後、現場から帰ってこらての第一声が「信じられません!」でした。
「まあ、落ち着きなはれ」と勧めた飲み物を口に含まれ、その後は概ね次のよ
うな感想を一気に私に話されました。
めまぐるしく変化している時代の中で、高度に発展した文明社会で
「東海バネさんがあのようなバネのつくり方を守っておられるのが、そしてつくり方を支える“技”がしっかり伝承されていることが・・・とても信じられない」と言われるのです。
日本の製造業は 省力化 合理化 コストダウン に取り組んで、機械化、自動化を実現しました。そして「豊かさ」や「繁栄」「成長」「拡大」と言った大きな富を手にしたのです。
しかし、その過程で、貴重な職人や、その巧みな手技を“用無し”にしてきました。
2004年の1年間に、我社に約200名の工場見学者が来訪されましたが、直接、或いは後から手紙、はがき、メール等で「感激した」とか「感動した」とかのコメントをたくさんいただき、こっちの方が感激したものでした。
おそらく、我社をご覧になってとき「昔は我社もここ、東海バネのように職人が現場に居たなあ」と思い出や感慨に浸ってのことではなかったでしょうか。
ユーザー志向とかCSが“発注者の言いなり”になる事では無いと思います。
「見込み発注、まとめ買い」に甘えないで「要る時発注、要るだけ買い」を提案してきました。これからも提案し続けていきます。
更にお客様にお届する「東海のバネ」は精魂込めてお創りした「作品」です。
我社のキャッチフレーズ
“心と技術で世界に誇るバネ創り”
を念頭に「困難な経営」の道を更に進んで行きます。
掲載紙は 朝日新聞 4月21日朝刊 経済12面 です

朝から電話やメールがバンバン寄せられ、誉められたり、羨ましがられたり。
嬉し恥ずかしで、対応に追われました。
一通り済ませて、慌てて紙面を眺める始末でした。
取材に来られた記者 前地昌道氏は取材当日、私の話をメモしてから“工場見学”
されました。
「えらい長い現場取材やなあ」と小1時間待った後、現場から帰ってこらての第一声が「信じられません!」でした。
「まあ、落ち着きなはれ」と勧めた飲み物を口に含まれ、その後は概ね次のよ
うな感想を一気に私に話されました。
めまぐるしく変化している時代の中で、高度に発展した文明社会で
「東海バネさんがあのようなバネのつくり方を守っておられるのが、そしてつくり方を支える“技”がしっかり伝承されていることが・・・とても信じられない」と言われるのです。
日本の製造業は 省力化 合理化 コストダウン に取り組んで、機械化、自動化を実現しました。そして「豊かさ」や「繁栄」「成長」「拡大」と言った大きな富を手にしたのです。
しかし、その過程で、貴重な職人や、その巧みな手技を“用無し”にしてきました。
2004年の1年間に、我社に約200名の工場見学者が来訪されましたが、直接、或いは後から手紙、はがき、メール等で「感激した」とか「感動した」とかのコメントをたくさんいただき、こっちの方が感激したものでした。
おそらく、我社をご覧になってとき「昔は我社もここ、東海バネのように職人が現場に居たなあ」と思い出や感慨に浸ってのことではなかったでしょうか。
ユーザー志向とかCSが“発注者の言いなり”になる事では無いと思います。
「見込み発注、まとめ買い」に甘えないで「要る時発注、要るだけ買い」を提案してきました。これからも提案し続けていきます。
更にお客様にお届する「東海のバネ」は精魂込めてお創りした「作品」です。
我社のキャッチフレーズ
“心と技術で世界に誇るバネ創り”
を念頭に「困難な経営」の道を更に進んで行きます。
掲載紙は 朝日新聞 4月21日朝刊 経済12面 です

2005年04月20日
ITが人間を変えますね。
「それをエエかっこしいと言うんじゃ!」
口が重く、ぶっきらぼうを貫くO君に何度この台詞をぶつけた事でしょう。
彼のハートが本当はむっちゃ温かいのを知っている私は、“クール”さを誇示するばっかりで「人は人、俺は俺」って態度や言動の彼をチェンジさせたいと思って叱ったり、叱ったり(叱ってばっかり?)してきました。
“しらけ”を通す彼を、「本当はやさしい、面倒見のエエ人間やのに無理して格好つけやがって」と罵り続けてきました。
しかし効果ゼロで「死ぬまで治らんわ」と半ばあきらめていました。
その彼がこゝんとこ私に「ナイス・プレー」を連発させてます。
お客様にお約束した納期を守ることは「良いバネを創る」事と同様にバネメーカーにとっては重要な事。(当り前と仰るが結構頑張りが必要です)
東海バネの納期遵守率がほぼ100%と言うのは、彼の活躍によるのは間違いありませんが、それは今までの“しらけ”の彼でも出来た事。
今までもやる事はやった彼ですから。彼流の“にらみ”を利かせて、創り手が「納期は100%守るんや」と本気で頑張れば出来た事。
では無く、今年になってO君は我社のメーリングリストにちょいちょい顔を出すようになりました。昨年までは、“ほんのお付き合い”とも言えない程度だったんです。
昨日は、新米営業マンのH君発信の、“ご注文ゲット奮闘記メール”に「おめでとう」のメッセージを送ってるやないですか。
うれしかったねぇ。思わずO君に「ナイス・プレー」と拍手メールを送りました。
やっぱ、私の思っていた通りの奴やったんや。
口が重くしかも口下手で自分を表現しにくい男やけど、ITを使って見事にコミュ二ケーションしとるやないの。
ITが自己表現のツールになるって、気付きました。
ほめごろしにならない程度に「ナイス・プレー」の応援団、皆さんも ごいっしょに。
口が重く、ぶっきらぼうを貫くO君に何度この台詞をぶつけた事でしょう。
彼のハートが本当はむっちゃ温かいのを知っている私は、“クール”さを誇示するばっかりで「人は人、俺は俺」って態度や言動の彼をチェンジさせたいと思って叱ったり、叱ったり(叱ってばっかり?)してきました。
“しらけ”を通す彼を、「本当はやさしい、面倒見のエエ人間やのに無理して格好つけやがって」と罵り続けてきました。
しかし効果ゼロで「死ぬまで治らんわ」と半ばあきらめていました。
その彼がこゝんとこ私に「ナイス・プレー」を連発させてます。
お客様にお約束した納期を守ることは「良いバネを創る」事と同様にバネメーカーにとっては重要な事。(当り前と仰るが結構頑張りが必要です)
東海バネの納期遵守率がほぼ100%と言うのは、彼の活躍によるのは間違いありませんが、それは今までの“しらけ”の彼でも出来た事。
今までもやる事はやった彼ですから。彼流の“にらみ”を利かせて、創り手が「納期は100%守るんや」と本気で頑張れば出来た事。
では無く、今年になってO君は我社のメーリングリストにちょいちょい顔を出すようになりました。昨年までは、“ほんのお付き合い”とも言えない程度だったんです。
昨日は、新米営業マンのH君発信の、“ご注文ゲット奮闘記メール”に「おめでとう」のメッセージを送ってるやないですか。
うれしかったねぇ。思わずO君に「ナイス・プレー」と拍手メールを送りました。
やっぱ、私の思っていた通りの奴やったんや。
口が重くしかも口下手で自分を表現しにくい男やけど、ITを使って見事にコミュ二ケーションしとるやないの。
ITが自己表現のツールになるって、気付きました。
ほめごろしにならない程度に「ナイス・プレー」の応援団、皆さんも ごいっしょに。
2005年04月19日
終わってホッとしました
ここしばらく今日のことが頭から離れませんでした。
「関西ふるさと懇話会」は経団連の秋山会長が関西に元気を取り戻そう!と立ち上げられた会合です。
メンバーは関西を代表する注目の企業、のみならず、こよなく関西を愛する熱い思いをもった経営者が名を連ねておられます。
わが社が2003年関西IT活用企業百撰の最優秀企業に選ばれた直後のごまめに参加のお誘いがありました。
勢いで「お願いします」と返事しちゃったんです。
例会は8時30分に堂島の某ホテルでの朝食ではじまり、会員のお一人が小1時間スピーカーとなって「思い」をお話になり10時過ぎ散会です。
今日はその第5回会合でした。
そして今日のスピーカーは、な、な、なんとごまめでした。
「頭に入ってるもんしか出ぇへんねんから」と最後は開き直りの心境でまな板に乗りましたが、いつもはおいしい「なだ万」の和朝食がのどを通りません
秋山会長や関西経済同友会の松下代表幹事に挟まれたスピーカー席での朝めしって、想像して下さい。
予定時間ほぼぴったりで話を終えました。
意見交換として設けられた30分は、ご意見や感想や質問をたくさん頂きました。
注目企業のソウソウたる経営者に「東海バネ」を知っていただくよい機会でした。
ちょっと気疲れしたごまめです。

「関西ふるさと懇話会」は経団連の秋山会長が関西に元気を取り戻そう!と立ち上げられた会合です。
メンバーは関西を代表する注目の企業、のみならず、こよなく関西を愛する熱い思いをもった経営者が名を連ねておられます。
わが社が2003年関西IT活用企業百撰の最優秀企業に選ばれた直後のごまめに参加のお誘いがありました。
勢いで「お願いします」と返事しちゃったんです。
例会は8時30分に堂島の某ホテルでの朝食ではじまり、会員のお一人が小1時間スピーカーとなって「思い」をお話になり10時過ぎ散会です。
今日はその第5回会合でした。
そして今日のスピーカーは、な、な、なんとごまめでした。
「頭に入ってるもんしか出ぇへんねんから」と最後は開き直りの心境でまな板に乗りましたが、いつもはおいしい「なだ万」の和朝食がのどを通りません
秋山会長や関西経済同友会の松下代表幹事に挟まれたスピーカー席での朝めしって、想像して下さい。
予定時間ほぼぴったりで話を終えました。
意見交換として設けられた30分は、ご意見や感想や質問をたくさん頂きました。
注目企業のソウソウたる経営者に「東海バネ」を知っていただくよい機会でした。
ちょっと気疲れしたごまめです。
2005年04月18日
昭和電機見学記
昨日、2003年「関西IT活用企業百撰」最優秀を受賞され、更に経済産業省による今年のIT百選最優秀を受賞された、昭和電機株式会社のお招きを受け、工場見学してきました。
3時間を越える滞在でしたが、あっと言う間に過ぎたと感じる内容の濃い見学会でした。
柏木社長はS14年生まれのうさぎ歳、ごまめより暦年で6才年長ですが、元気溌剌で、お若い!
笑みを絶やさず話されますが随所に柏木社長の強烈なリーダー・シップを見る事が出来ました。
「みんな勝手にやりまんねん」とサラっと仰いますが、とてもとても…。
世間にはワンマン社長はおられますが、裸の王様になり勝ちです。
昭和電機さんはまったく違います。
社員を大事にする会社。ES(従業員満足)を高めたい!との柏木社長のメッセージが全員に伝わっている会社、その様に感じました。
でなければ、あんな困難な生産方式の改革、止まることの無いライン変更は出来ないと思います。結果として大きな成果となり、ESがCSへ発展しています。根底にあるでっかい「愛」がごまめにびんびん迫ってきました。
定例の番外ディスカッションでごちそうになったビールの美味しかったこと。
その席まで残っていただいた、ITCの岩佐先生、佐伯先生の所見や見学会の総括は、次々に出てきた料理と共にビールにぴったりで、その味を更に引き立てるものでした。実に「おいしい」昭和電機さん工場見学でした。
3時間を越える滞在でしたが、あっと言う間に過ぎたと感じる内容の濃い見学会でした。
柏木社長はS14年生まれのうさぎ歳、ごまめより暦年で6才年長ですが、元気溌剌で、お若い!
笑みを絶やさず話されますが随所に柏木社長の強烈なリーダー・シップを見る事が出来ました。
「みんな勝手にやりまんねん」とサラっと仰いますが、とてもとても…。
世間にはワンマン社長はおられますが、裸の王様になり勝ちです。
昭和電機さんはまったく違います。
社員を大事にする会社。ES(従業員満足)を高めたい!との柏木社長のメッセージが全員に伝わっている会社、その様に感じました。
でなければ、あんな困難な生産方式の改革、止まることの無いライン変更は出来ないと思います。結果として大きな成果となり、ESがCSへ発展しています。根底にあるでっかい「愛」がごまめにびんびん迫ってきました。
定例の番外ディスカッションでごちそうになったビールの美味しかったこと。
その席まで残っていただいた、ITCの岩佐先生、佐伯先生の所見や見学会の総括は、次々に出てきた料理と共にビールにぴったりで、その味を更に引き立てるものでした。実に「おいしい」昭和電機さん工場見学でした。
2005年04月07日
税理士の大西先生ありがとう
今日は私が一番緊張する日でした。昭和40年代初頭からお世話になっているわが東海バネの顧問税理士 大西 博先生による、第62期の決算検討会でした。
つまり大西先生による昨年1年の成績の総括です。
私たちの経営形態は中心の「東海バネ」を子会社「東海コイル」「東海エンジニアリング」「東海商事」が脇を固めて進めています。
個別の”分析表”を準備されていて(それぞれ結構厚いんです)各社毎に指摘や、コメントがあるのです。
今回も4名で神妙にお聞きしました。
昭和49年に引き継いで以来、この機会が「経営学」を学ぶ場です。
独自理論や様々な引用も交えてご指導いただくのですが、一貫しているのは「正しい経営」です。
語録にも事欠きません。
「人件費は経費ではない、投資である」や「***はごまかせても、社員はごまかせない」など、枚挙にいとまがありません。
先生の教えに沿って公明正大を基本に「正しい経営」に徹しています。
第63期に当たる今年の方針のサブタイトルも「クリーン・フェアー・オープン」としました。
不器用で格好良くはありませんが、東海スタイルでさらに「出発進行}です。
つまり大西先生による昨年1年の成績の総括です。
私たちの経営形態は中心の「東海バネ」を子会社「東海コイル」「東海エンジニアリング」「東海商事」が脇を固めて進めています。
個別の”分析表”を準備されていて(それぞれ結構厚いんです)各社毎に指摘や、コメントがあるのです。
今回も4名で神妙にお聞きしました。
昭和49年に引き継いで以来、この機会が「経営学」を学ぶ場です。
独自理論や様々な引用も交えてご指導いただくのですが、一貫しているのは「正しい経営」です。
語録にも事欠きません。
「人件費は経費ではない、投資である」や「***はごまかせても、社員はごまかせない」など、枚挙にいとまがありません。
先生の教えに沿って公明正大を基本に「正しい経営」に徹しています。
第63期に当たる今年の方針のサブタイトルも「クリーン・フェアー・オープン」としました。
不器用で格好良くはありませんが、東海スタイルでさらに「出発進行}です。
2005年04月05日
ごまめの歯軋りって?
今日は偉そうにBlogタイトル「ごまめの歯軋り」の解説です。
日本語大辞典(講談社)によると ごまめとは「カタクチイワシの幼魚を生干ししたもの」と解説されています。また、「から煎りし、砂糖と醤油であめ煮にし正月料理に“たづくり”として用いる」とも。
何れにせよ取るに足りないものゝ代名詞のようですね。
私の子供時代(昭和20年代)の大阪の下町では「そと(屋外)行って遊んどいで」とお小遣いも持たされずに家から追い出された子供達で溢れていました。大人は自分たちに目もくれず、さながら死にもの狂いで働いていましたから、子供達は自分で遊ぶ以外ありませんでした。今思うと実に健気で、逞しい子供達でした。
TVゲームがある現代ならまだしも、当時は一人での遊びはつまらなく永続しません。 一方、集団で遊ぶことは強い、弱いを認めざるを得ませんし、時には「無理偏にゲンコツ」の局面もありました。勝ったや負けたで悔しく悲しい不条理な目にも会い「俺の人生って?」と呪うような日もありましたが、その一方でドラマチックな感動も味わえることを子供は経験に学んで知っています。
暇を持て余し「連れはおらんかな」と三々五々集まった子供達、さすがに中学生のお兄ちゃんは加わりませんが、上は小学6年生から、下は去年から歩き出した幼児まで、実に幅広い年代層の子供集団が、ジェネレーションの枠を超え、全員参加で「おにごっこ」や「かくれんぼ」で遊ぼうとすれば、ガチンコではゲームが成立しません。そこで特別参加枠が編成されます。それが「ごまめ組」です。
全体の構成は次のようになります。
・ごまめを運動能力、判断力等の総合能力でランクずけします。
・レギュラー組の“強いもんじゅん(強い者順)”“早いもんじゅん(同)”“賢いもんじゅん(同)”等を総合してランクづけします。
・ごまめのワースト1とレギュラーのナンバー1をパートナーとし、ワースト2とナンバー2と、の様、順々にパートナーを決めます。
このような「ゴルフ・ラスベガス風ルール」でのゲームは強い者がだけが勝つとは限りません。番狂わせあり、逆転ありで盛り上がりました。つまり子供達それぞれは弱いものを守らなければゲームは成立しない、と学知しその上でゲームを楽しむ術を会得していったのです。
いよいよ「ごまめの歯軋り」とは?です。
同じく大辞典によると「ちからの及ばない者が悔しがる様、また、そのたとえ」と解説されています。
かつて、ごまめ組みワースト1でゲーム参加した私は、パートナーとなったナンバー1のお兄ちゃんが、私と言うどうしようも無いハンディキャップを受け持って、負けると解っていても勇敢に戦ってくれたことの数々を忘れることが出来ません。抱っこして、おんぶして、走り回ってくれたこと。その時のお兄ちゃんの汗で湿った背中の感触を、はあはあと荒い息使い、その息の温かさを、忘れることが出来ません。背中で激しく揺れながら、殆ど崇拝に近い尊敬の念を込めて「早くお兄ちゃんになって、こんな負担をかけないでゲームに参加しなければ!」と歯軋りしたものでした。「お兄ちゃんごめんね」と心の中で詫びながら、自分の幼さに歯軋りしたものでした。
当時のそんな思いを忘れないで、大いにごまめは歯軋りして行こう!と思います。
日本語大辞典(講談社)によると ごまめとは「カタクチイワシの幼魚を生干ししたもの」と解説されています。また、「から煎りし、砂糖と醤油であめ煮にし正月料理に“たづくり”として用いる」とも。
何れにせよ取るに足りないものゝ代名詞のようですね。
私の子供時代(昭和20年代)の大阪の下町では「そと(屋外)行って遊んどいで」とお小遣いも持たされずに家から追い出された子供達で溢れていました。大人は自分たちに目もくれず、さながら死にもの狂いで働いていましたから、子供達は自分で遊ぶ以外ありませんでした。今思うと実に健気で、逞しい子供達でした。
TVゲームがある現代ならまだしも、当時は一人での遊びはつまらなく永続しません。 一方、集団で遊ぶことは強い、弱いを認めざるを得ませんし、時には「無理偏にゲンコツ」の局面もありました。勝ったや負けたで悔しく悲しい不条理な目にも会い「俺の人生って?」と呪うような日もありましたが、その一方でドラマチックな感動も味わえることを子供は経験に学んで知っています。
暇を持て余し「連れはおらんかな」と三々五々集まった子供達、さすがに中学生のお兄ちゃんは加わりませんが、上は小学6年生から、下は去年から歩き出した幼児まで、実に幅広い年代層の子供集団が、ジェネレーションの枠を超え、全員参加で「おにごっこ」や「かくれんぼ」で遊ぼうとすれば、ガチンコではゲームが成立しません。そこで特別参加枠が編成されます。それが「ごまめ組」です。
全体の構成は次のようになります。
・ごまめを運動能力、判断力等の総合能力でランクずけします。
・レギュラー組の“強いもんじゅん(強い者順)”“早いもんじゅん(同)”“賢いもんじゅん(同)”等を総合してランクづけします。
・ごまめのワースト1とレギュラーのナンバー1をパートナーとし、ワースト2とナンバー2と、の様、順々にパートナーを決めます。
このような「ゴルフ・ラスベガス風ルール」でのゲームは強い者がだけが勝つとは限りません。番狂わせあり、逆転ありで盛り上がりました。つまり子供達それぞれは弱いものを守らなければゲームは成立しない、と学知しその上でゲームを楽しむ術を会得していったのです。
いよいよ「ごまめの歯軋り」とは?です。
同じく大辞典によると「ちからの及ばない者が悔しがる様、また、そのたとえ」と解説されています。
かつて、ごまめ組みワースト1でゲーム参加した私は、パートナーとなったナンバー1のお兄ちゃんが、私と言うどうしようも無いハンディキャップを受け持って、負けると解っていても勇敢に戦ってくれたことの数々を忘れることが出来ません。抱っこして、おんぶして、走り回ってくれたこと。その時のお兄ちゃんの汗で湿った背中の感触を、はあはあと荒い息使い、その息の温かさを、忘れることが出来ません。背中で激しく揺れながら、殆ど崇拝に近い尊敬の念を込めて「早くお兄ちゃんになって、こんな負担をかけないでゲームに参加しなければ!」と歯軋りしたものでした。「お兄ちゃんごめんね」と心の中で詫びながら、自分の幼さに歯軋りしたものでした。
当時のそんな思いを忘れないで、大いにごまめは歯軋りして行こう!と思います。